発達障害者として生きていくということ 仕事編

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はいみなさんこんにちは。

今日は、発達障害者として生きていくということについて書いていきたいと思います。

私は20代の頃、定型発達(普通の人のことです)に負けないように、とにかくキラキラした華やかな生活をしていました。

お金貯めては旅行に行き、インスタグラムにキラキラな写真を投稿しては、承認欲求を満たすような生活。

でも、30代になって、そういう生活は卒業しました。

私は家庭を築く気が無いので、30代は、仕事に生きようと思っていました。

仕事で、やりがいを見つけたり、使命を全うするような生活がしたいと思っていました。

しかし、発達障害を持っているため、ことごとく仕事がうまく行きません。

仕事でも挫折しました。

私の生命って必要ないじゃん、って思うこともありました。

私という存在の価値はインスタグラムでも証明できないし、仕事でも証明できないし、家庭でも証明できないし、本当にもう、スイスへ自殺ツーリズムに行こうかとも考えました。

今は、障害者枠で仕事を探しています。

事実、障害者枠の仕事でやりがいを見つけるというのは、難しいです。

やりがいって何?

生きがいって何?

価値って何?

幸せって何?

何のために生きてるの?

健常者だったら、社会福祉士になって、困っている人を助ける仕事がしたかった。

でもやりがいのある仕事を諦めるということを、受け入れなきゃいけない。

なんかもう、なんていうか、隠遁生活ですよね。

現役キラキラ生活は卒業。

現実の娑婆生活はもう生きない。

社会の外側で現役引退生活を送るって感じ。

普通の人が通過する、結婚して家庭を築くとか、子どもを育てるとか、仕事で生きがいを見つけるとか、そういうのを放棄しているので、もう、仏像みたいに生きるというか、そんな感じ。

死んだように生きるって感じ。

そうやって人生の終わりが来るのを待つだけ。

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