障害者って生きる価値無いですか?相模原障害者施設殺傷事件を考える

社会問題

はいみなさんこんにちは。

2016年に、相模原障害者施設殺傷事件がありました。それは、相模原市の重度知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年、入所者ら45人が殺傷された事件です。

この事件を踏まえ、障害者について考えていきたいと思います。

まず、私は、障害者に対する偏見を持つ人の気持ちがわからないので、調べてみることにしました。すると、色々な文章を見つけることが出来ました。

・生産性がある人間、社会的に価値ある人間が生き残るべき

・働かざる者、食うべからず

・社会に必要とされている人間が生き残るべき

このような障害者差別、偏見には、優生思想が関わっていることが見て取れますね。

ただし、優生思想というのは、弱者を排除するものですので、その更に生き残った中から再び弱者を生み出し続け、最後には人間すべてを否定していくことに繋がるという指摘があります。

優生思想支持者には、ミイラ取りがミイラになる可能性だってありますし、ブーメランになる可能性だってありますね。

さて。話は変わりますが、私自身、障害を持っています。

その障害の名前は、発達障害、自閉症スペクトラムという名前です。

昔はアスペルガー症候群とかとも呼ばれていました。

現在はストラテラという薬を服用しており、ずいぶんと症状がラクになっています。

具体的に困っていることは、就業において、障害者雇用枠はたくさんありますが、企業側の意見としては、身体障害者に来てほしいという本音があるため、発達障害者をはじめとした精神障害者は就業に繋がりにくいということですね。

これは結構オフレコ情報かもしれません。

私の発達障害の症状は、集団行動が苦手、マルチタスクが苦手、仕事を覚えるのが苦手、金銭管理が苦手、という感じですね。

人によって、苦手な部分と得意な部分は全然違います。

現在の福祉制度に提言するならば、ハローワークの障害者枠を、身体障害、精神障害(発達障害含む)で分けてほしいですね。そうじゃないと、身体障害者は圧勝し続け、精神障害者は職にありつけられないままになってしまうからです。

身体障害者と違って精神障害者(発達障害者含む)に偏見や差別が残ってしまう理由は、その見えにくさにあるのかなと思います。

話は戻しますが、人間というのは、価値があるとか無いとか、そういう尺度で存在してるわけじゃないんですよね。

人間は、人間であるだけで、それだけで美しいんです。美しさに、価値があるとか無いとか、そういう議論は論外です。

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