貧困とこじらせの関係

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はい、みなさんこんにちは。

私は、30という歳を迎えたと同時に京都を去ったのですが、京都を去ったと同時に、女であることも放棄しました。

いわゆる干物になりました。

私は、京都にいたとき、色んな男とピロートークを楽しみました。

それはそれで楽しかったんですけど、私は女という武器を使って、「外資系金融」だの「商社」だの「旧帝大」だのというブランドの男と寝たことで、社会的ステータスを満たしていたんですね。

ただ一つ言えることは、女と言う女体に群がるハイエナ男から性的愉悦の道具として扱われていたが、女としては、愛されたことが無かった。

私は、女というマスコットを被った何者かでしかなく、「女性」にはなり切れなかった。

私はずっと、好きなものに対して、素直に好きって言えなかった。

実家にはお金が無かったから当然好きなものにお金を割けるわけもなく、

高校時代には、マンガを買ってはオタクの世界にハマるクラスタとも話を合わせることが出来ず、

貧困ってこんなにも人生を透明にさせるものかと、半ば関心すらしました。

黒歴史さえ作れないほどの貧困。

大学を卒業後、ようやく私は自分の身体が親から離れ、自由になった。

でも、自由になるには、少し遅すぎたのかもしれない。

自分の身体の使い方が、あまりよくわかっていなかったのだ。

とにかく、空っぽの自分を埋めたかった。

だから数多の男と寝続けた。

ハイカルチャーを必死で学んだ。

結局得られたのは、「自分が素直に本当に好きなものは何か」と、「自分はどんな人に愛されたいのか」が、わからくなった。

がむしゃらに敷き詰めた私の経験は、何の武器にもならず、ゴミになった。

30歳、再びゼロからの出発である。

これからは、少しだけ、好きなものに、素直になろうと思う。

それが、ハイカルチャーでなくても。

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