「生きてる感じがしない」は病気かもしれない

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はいみなさんこんにちは。

私はずっと、31年間、「生きてる感じ」がありませんでした。

虚無感みたいな。

高校生の頃だったら、親の理解とお小遣いがもっとあれば、

もっと違う華やかなギャル生活があったはずなのに、とか、

親が学費さえ払ってくれたら私も京都で大学生活を送れたはずなのに、とか、

今だったら、お金さえあれば、もっと違う、茶道に携わっている文化があったはずなのに、とか。

というか、

茶道に携わっているはずの私が、携われてない今の現実に耐えられない、とか、

なんか、理想の生き方をしていない自分に耐えられないというような、

そんな感じです。

それで、これって病気かなと思い、「生きてる感じがしない 病気」で調べたら、

「離人症」とか、「現実感消失症候群」とか、そういうのがヒットして、

もしかしたらそうなんかな?と思ったのですが、

友人にたずねてみたら、そうでもないみたいでした。

友人いわく、私の症状は、「強迫性障害」というものらしいです。

実は私、中学生のときに一度、強迫性障害を経験してるんですよね。

当時は手を洗うことが辞められませんでした。

治った気でいたのですが、姿かたちを変え、再び強迫性障害は私の心を蝕んでいたみたいです。

「こういう生き方しなきゃいけない」「こういう生き方じゃないと自分を許せない」

「理想の生活をしていない自分に耐えられない」

だから借金を繰り返して理想の生活に近づく。

インスタグラムのアカウントをキラッキラにして、刹那の虚無感を和らげていた。

理想の大学生活を送れなくて、ずっと根に持ってるし。

ついでに言っておくと、友人いわく、愛着と寂しさと承認欲求と強迫観念は似たりよったりなところがあるみたいです。

なんでこんな話になったかというと、ある方に、ふと、「生きてる感じがしないんですよね…」と愚痴をこぼしたからです。

その人は、薬物やお酒が辞められない人たちの自助グループのサポートをしているのですが、

彼はそのグループの自助会に携わったときに、当事者から語られた言葉を述べていました。

「僕たちは毎日うまく行かなかった。でも、今日一日は生きれた。今日一日、この一日を生ききることが大事なんだ」

と言っていたそうです。

私の悩みなんか、ちっぽけだなと、少し思いました。

私は、今日は生物的には生きられている。ただ、心が追いついてないだけで。

今日一日を生きられることだけで嬉しいという感情は、なかなか容易に感じられることではありません。

でも本当は、どんなに泥臭くても、成長したと感じなくても、好きなものに触れられなくても、まず今日一日生きられたことを褒めてあげることが、大事なのかもしれませんね。

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