ジャズと落語の仲良し事情

日本文化

はいみなさんこんにちは。

今日は、ジャズと落語の親和性について話していこうかなと思います。

まず、あなたは、ジャズの曲が、曲たらしめてるものって、何だと思います?

ベースのコードだと思いますか?

メロディラインだと思いますか?

ここの問いを頭のすみっこに入れて、読み進めていきましょう。

ジャズって、楽典という理論武装をしまくったところで、

面白味の無い曲になりますし、逆に、

崩し過ぎると駄作になってしまいます。

その間の妙のバランスを取るのが、ジャズというものなのかなと思っています。

そのジャズのあり方を確立したのが、サックス奏者のチャーリーパーカーだったのかなと思います。

落語もそうだと思います。

古典落語の演目を、伝統を遵守する形だけで語るよりも、

自分の言葉で語ってる落語家の方が、面白いと思うのと同じだと思います。

「バランスの妙」という考え方って面白くて、

アートの世界なんかでもそうなんですけど、

「醜」のギリギリ一歩手前の「美」を表現する作品は、

本当に深遠で趣深いです。

ジャズの楽しみって、メロディラインを覚えることでは無い、

と私は思っています。

幹(曲を形作る最低限のメロディラインの形)から派生した枝や葉(アレンジやアドリブ)がどう面白いかを聴くのがジャズの醍醐味かなと思います。

また、ジャズバーって、演奏者とリスナーのグルーヴ感をすごく大事にするじゃないですか。

それと同じように、落語も、落語家とお客さんの関係性で成り立つ芸能なのかなと思います。

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