「言葉」は、絵画や映像への代替は可能か否か

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はいみなさんこんにちは。

今日は、小説の話を中心に、映画、絵画の話をしていきたいと思います。

私の好きな小説家は江國香織、好きなエッセイストは清少納言です。

二人の作品に共通するのは、ストーリー性が薄く、「言葉の美しさ」に作品の魅力が集約されていることだと思います。

「言葉の美しさ」に一点集中している作品ですので、彼女らの小説なり随筆なりを映画化したり、絵巻物にしたりすると、魅力が半減します。

彼女らの作品は、言葉以外の表現方法は代替不可能なんですね。

逆に私があまり読まない小説家に紫式部、伊坂幸太郎がいます。

この二人の作品に共通するのは、言葉の美しさはあまり重視されず、圧倒的なストーリー性に魅力があるところですね。

ストーリーが色濃いので、彼らの小説を映画化したり絵巻物にしたりしてもまさに「画」になる。

他の表現方法に代替可能なんですね。

さて。私のお気に入りの映画をご紹介していきたいと思います。

まずは私のお気に入りの映画監督の話から。

私は岩井俊二の作品(リリィ・シュシュのすべて)を、中学生のときに初めて観たのですが、今でも、彼の映像を観ると、いつでも、あの苦しく、切なく、美しかった中学生の頃の自分に戻れます。

私は、カメラマンである篠田昇さんとタッグを組んだ岩井作品が特に好きだったんですね。

だから、岩井俊二が、アニメを撮るとか、許せなかったんですよね。

調べてみると、結構色んな人が、岩井監督がアニメを撮ることに違和感を覚えてたみたいなんですよね。

岩井監督の中でも、相当色んな葛藤はあったと思うんですけど、ファンの私たちも、たくさんの葛藤がありました。

アニメーションの中で、「映像美」に消費される岩井監督が許せなかった。

でも今は、岩井監督も、篠田昇さんの死を乗り越えたのかなと思っています。

「繊細で、透明で、すぐ消えてしまいそうな一瞬をとる岩井俊二」、本当にこの一言に尽きると思います。

どの作品を取っても、本当に、人間の奥に迫るような描写、ふわっと溢れ出す瑞々しい透明感、儚さと脆さ、水彩画のような独特の美しさがあるように思います。

「リリィ・シュシュのすべて」に関しては、終始救いが無い現実と、田園ののどかな風景の対比が本当に切ない。

「花とアリス」に関しては、少女時代の瞬間を圧倒的なセンスで切り取った傑作

「スワロウテイル」は、暗黒の中のぱっと光美しさを一瞬で掴み取るセンス。

「リップヴァンウィンクルの花嫁」では、Coccoが、とてもしたたかな女性として描かれるわけですが、私個人としては、「いわゆるメンヘラCocco」という伏線があって、その上であんな風にあっけらかんとしたたかな笑顔を見せているCoccoを見ると、もう泣けてきちゃうんですよね。

岩井監督、あざといわーとも思うわけです(笑)

本当に、岩井作品は、私の青春です。

『イミテーション・ゲーム』

2014年に公開されたイギリスの映画、『イミテーション・ゲーム』

監督はモルテン・ティルドムで、主演はベネディクト・カンバーバッチです。

私はこれを、DVDがレンタルされたと同時期に借りて観たのですが、最後の方はずっと号泣して観てましたね。

今、改めて観ると、また違った新しい発見もありました。

『イミテーション・ゲーム』は、第二次世界大戦中にドイツが使用していた暗号、エニグマを、解析する天才数学者、アラン・チューリングの物語です。

その、主人公であるアラン・チューリングがいなかったら、今日におけるコンピュータは存在していません。

とても美しい映画でしたが、結末があまりにも残酷で、涙が止まりません。

彼の天才ゆえの孤独は、誰が埋められたでしょうか。

また、孤独ではありましたが、仲間に支えられてマシーンは出来上がっていきます。その、不器用なアランと共に、エニグマを解読する仲間との間の友情が芽生えていく過程を観るのも、見どころの一つなのではないでしょうか。

さらに、アランの学生時代の回想で、親友だったクリストファーに暗号を教えてもらう場面が、非常に興味深かったです。

クリストファー「暗号文は誰でも読むことができるけど、鍵がないと意味はわからない。」

アラン「それって話すこととどう違うの?・・・みんなが口に出す言葉は、本当の意味とは違ってるよね。だけど、みんなちゃんと意味がわかる。僕だけわからない。それと、どう違うんだろう」

アランは、文脈の間にあるニュアンスみたいなものを感じ取るのが苦手なのかなと思うんですが、「みんなわかるのに、僕だけわからない」という孤独に、すごくきゅんとしてしまう私がいました。

アランは、自分のその普通じゃないことに、生きづらさを覚えていたのかなと思います。

最後の方で、アランと婚約していたジョーン・クラークという女性が、アランにこう言います。

「あなたが普通じゃないから、世界はこんなにすばらしい」

もうこの一言で号泣です。

私がまさに当てはまるんですけど、「普通では生きていけない」とか「すごく孤独に不器用にしか生きていけないつらさ」とか、そういうのを感じている方にはとくにオススメしたい作品です。

追伸 アランのよき友、ヒューを演じたマシュー・グッドさんが、じわじわイケメンに見えてきました。そこも見どころだと思います。

『ミッドナイト・イン・パリ』

2011年、スペインとアメリカの合作です。

監督はウディ・アレンです。

主演は、オーウェン・ウィルソンです。

【あらすじ】ハリウッドで売れっ子の脚本家ギルは、婚約者イネズと、彼女の両親と共に、パリに遊びに来ていました。

そこでギルは、パリの魔力に魅了されていきます。

ある日、ギルはパリで道に迷って今します。その迷い込んだ場所こそ、芸術の花が咲き乱れる1920年代のパリでした。

ヘミングウェイやピカソなど、歴史に名を残す芸術家たちとの交流を通じて、ギルは次第に自分の進むべき道を見出していく・・・。

テンポよく話が進んでいって、非常に面白かったです。

レア・セドゥが出演していたことが、個人的にはすごく嬉しかったです。

冒頭なんですけど、ひたすらパリの観光Vlogみたいになてて、思わず笑ってしまいました。

とにかく主人公が夢見がちなロマンチストで、一言で言うならば、「情景ペダンティック」って感じでした。

この映画は、ギルは、「あの頃はよかった」と、1920年代のパリを羨ましいと思っていたら、いつのまにか自分がそこにタイムスリップしてしまう物語なんですけど、あなたは、「あの頃はよかった」と思う時代はありますか?

例えば、日本においては、「バブル時代はよかった」と言う人は多いでしょう。

バブル時代を経験したおじさまおばさまとか。

あとは高度成長期を経験した団塊世代の方とか。

私は、いわゆる「失われた30年」といわれる時代の日本で生まれ育ったので、バブル時代や高度成長期は知りません。

でも、私は、「その頃が羨ましい」とはあまり思いません

バブル世代の女性って、海外旅行し放題、お洋服買ってもらい放題、高級レストラン行き放題の、非常に華やかな時代を経験しているんだろうとは思うんですけど、それだけじゃん、って思ってしまうんですよね。

バブル時代は、「文化的にレベルが高かった時代」とは言われませんよね。

バブル時代は華やかだけど、内容が薄っぺらい時代だったのかなと思っています。

現代は、景気が悪いと言われてはいますが、日本の色んな工芸品や伝統芸能が注目されたり、インターネットでどんな時代の音楽も聴けたりできる時代なので、私は現代に生まれてよかったなあと思っています。

ちなみに、この映画のポスターがゴッホなのが、ちょっとオシャレだと思いました。

『海を感じる時』

『海を感じる時』は、2014年に日本で公開された映画です。

監督は安藤尋です。

ある日、授業をさぼり新聞部の部室で暇つぶしをしていた女子高生の恵美子は、3年生の先輩・洋から突然キスを迫られる。洋は「ただ女の人の体に興味があっただけ」と言い放ち、相手は誰でもよかったというが、父親を亡くし、厳格な母に育てられて愛を知らずにいた恵美子は、それでも洋を求め、何度も体を重ねる。やがて洋は進学のため上京し、恵美子もその後を追って東京の花屋に就職するが……。

恵美子は自分に自信が持てなくて空っぽだったから、誰かから必要とされることで心を埋めたかった

洋は単純に自分の欲求のため。

恵美子は洋に都合よく扱われていた方がラクだった。だから、途中から自分のことを好きだと洋が言ってきて、急に覚めた

お互い欲望の持ちつ持たれつの関係の中で、恋愛感情は逆に邪魔だった。

恵美子は、満たされそうになると、おそらくは相手を信じてしまうのが怖くて、もしくは、どうでもよくなって、全部を壊してしまいたくなる。

恵美子が洋宛ての手紙を読むシーンがあるのだが、その内容が分かり過ぎてしんどい

このような純文学作品は好みで評価が分かれるらしい。私は、このストーリーだからこそ、この作品に対しては感情移入できた。でも、他の純文学作品だと、どうなるか分からない。

また、恵美子の、常にふてくされているようなあの独特な表情がよかった。愛おしいと思った。

こじらせ女子にとって、恵美子と自分の境界が分からなくなってくるほどの映画だった。

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