渋沢栄一が大切にした論語とは

日本の文化・アート

渋沢栄一とは、幕末期から昭和初期までの長きにわたり活躍した実業家です。

渋沢栄一は、商売をしていく上で、「論語」の教訓に従って商売をし、経済活動をしていくことができる、と悟り、論語の考えを基に実業家の道を切り開いていきました。

彼が生きていく上で一番大切にしてきた考えは、こういったものでした。

人は一人では生きていけない。社会から恩恵を受けて初めて生きていける。だから、生きている限りは、社会に還元すべし。

また、彼はこうも言っていました。

「わたしは論語で一生を貫いてみせる。金銭を取り扱うことが、なぜ賤しいのだ。金銭を賤しんでいては、国家は立ち行かない。民間より官の方が貴いというわけではない。人間が勤めるべき貴い仕事はいたるところにある。官だけが貴いわけではない。」

彼の著書『論語と算盤』にて、重要だと思う部分を、抜粋したいと思います。

「人にはどうしようもない逆境に対処する場合には、天命に身をゆだね、腰を据えて、きたるべき運命を待ちながら、コツコツとくじけずに勉強するのがよい。」

大きなことは微々たるものを集積したものである。どんな場合も、ささいなことを軽蔑することなく、勤勉に、忠実に、誠意をこめて完全にやり遂げようとすべきである。」

「本当の経済活動は、社会のためになる道徳に基づかないと、決して長くは続かない。」

「成功や失敗というのは、努力した人の身体に残るカスのようなもの。どうでもいいものである。人は、誠実にひたすら努力し、自分の運命を開いていくのが良い。」

次に、渋沢栄一が抜粋した論語の言葉を、書き下し文にしたものと、それの現代訳を紹介していきます。

子曰く、これを知る者は、これを好む者にしかず。これを好む者は、これを楽しむ者にしかず。

知っていることは好むことに及ばず、好むことは楽しむことに及ばない。

子曰く、歳寒くしかるのち、松柏(しょうはく)のしぼむにおくるるを知るなり。

天下無事のときは、人々はみな同じように見えるけれども、一旦利害がからみ事変に合えば、つまらない者は、みな萎縮して利に走り身を守るが、君子は節義を守り、あたかも松や柏(かしわ)が寒さに耐えているようである。

そもそも、論語とは、どういう考えを持っていたのでしょうか。

論語は、相対的道徳という立場にありました。相対的道徳とは、何が正しいかは、立場によって変わる、というものです。

また、論語の面白さは、色々な解釈がある、ということです。

論語の解釈によって、大衆を統制する道具として利用することもでき、また、自分を鍛錬する教養としても利用することができます。

私、山本和華子は、ずいぶんと長い間、儒教が嫌いでした。なんとなく、息苦しい教えだと思っていたから。しかし、渋沢栄一の言葉で解釈された論語を紐解くと、とても面白いものであることに気付きました。

さて。ここで、論語を記した孔子という人物について見ていきましょう。

孔子は、春秋戦国時代の中国に生まれた思想家です。

彼のお母さんが、「儒」という集団の人物でした。

「儒」というのは、祈祷師、シャーマンの集団です。

祈祷師集団は文字を使うので、そこで孔子は文字を小さいときに覚えたと考えられています。

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