茶道体験を楽しもう

日本の文化・アート

鎌倉時代、栄西という僧侶が、中国大陸から茶の苗を持ち帰り、日本における茶道の歴史が始まりました。

その当時、抹茶は、薬効を期待するものでした。

鎌倉時代、中国から色んな道具が日本に輸入されました。それらは「唐物」と呼ばれ、茶室にも用いられました。

唐物は、デザインや彩りが華やかであることが特徴的です。

当時の茶道は、とても華やかなものでした。

室町時代後期、茶道は大きな展開を遂げます。

精神性を前面に押し出した茶の湯が芽生え始めました。これを「侘茶」と言います。

侘茶の創始者とされるのが、珠光です。

そして安土桃山時代、千利休という人物が、茶の湯の世界を完成させました。

茶道には、「茶禅一味」と言う言葉があります。

「茶道の道と禅の道は同じである」、という意味です。

先ほど述べました栄西は、仏教の、特に禅の僧侶でした。したがって、禅と茶は同じルートを辿って日本に入ってきたことが分かります。

また、茶室では、禅の僧侶が書いた掛け軸を床の間に掛けます。その掛け軸には、禅の教えが書かれていることも多いです。そのことから、禅と茶道の関係は一層深くなりました。

そして、仏教の教えには、「自利利他」という、自分も豊かになり、そして他者にもその豊かさを分け与えるという考え方があります。その道が、茶道の目標と合致していることも、由来しています。

茶道には、「侘び寂び」という言葉と重要な関係を持っています。

侘び寂びとは、「不完全の美学」であると言えます。

我々人間は、完璧ではありません。不完全です。

不完全というのは、完全へ至るための過程です。

その過程を生きる私たちの今を大事にしましょう、という考えが、「侘び寂び」という言葉に含まれています。

茶道には、「和敬清寂」という言葉を重要視します。

「和」とは、亭主と客のお互いが心を開いて心通わせるということです。

「敬」とは、お互いを敬いあうという意味です。

「清」とは、清らかと言う意味です。目に見えるものだけが清らかであるという意味に留まらず、心の中も清らかであるという意味です。

「寂」とは、どんなときも動じない心を指します。

お茶室に入る前、つくばいという場所で手を清めます。

そのあと、「にじり口」という入り口から茶室に入ります。

先ほど述べました千利休の時代は、武士の時代でした。

にじり口はとても小さいため、武士の命とも言える刀を外さなければなりません。

武士は刀を外し、また、おじぎする形で茶室に入ることとなります。

要するに、茶室に入る者は皆平等である、ということを、にじり口は象徴しています。

茶室に入ると、床の間があるのがわかります。床の間は、茶室の中で一番神聖な場所とされており、茶室に入った人は、まず床の間の掛け軸に礼をします。

床の間には、そのお茶会のテーマに沿った掛け軸と、季節のお花と、お香が飾られます。

客が皆茶室に入ると、まず菓子が配られます。菓子は、お茶をいただく前に召し上がります。菓子の甘さが、お茶の美味しさをより一層高めます。

その後、亭主が点ててくれた抹茶をいただきます。

茶碗には、一番美しい絵が描かれている「正面」があります。客は、謙遜の意味をこめて、「正面」を避けてお茶をいただきます。

茶室は、小宇宙です。そして茶室では、非日常を味わえます。日常の喧騒を逃れて、ほっと一息できる場所が、この茶室になります。

また茶道は、日本の総合芸術と言われています。お湯を沸かす音(聴覚)、茶室のデザインの秀逸さ(視覚)、お茶や菓子の美味しさ(味覚)、茶碗の手触り(触覚)、そして茶の香り(嗅覚)。すべてが美しいです。

ぜひ茶道を体験してみてください。きっと新しい世界に出会えますよ。

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