万葉集を読んでみよう

日本の文化・アート

万葉集は、629年から759年の約130年間に作られた歌を集めた日本最古の和歌集です。

4500歌余りの歌が収められています。

皇族から一般の人まで、様々な身分の人の歌が掲載されており、当時の社会や生活を知る史実的な資料としての価値も非常に高いものです。

それでは万葉集の世界に行ってみましょう。

世の中を 何に喩(たと)えむ 朝開き 漕ぎ去(い)にし船の 跡なきごとし

沙弥満誓(しゃみまんせい)

世の中を何にたとえよう 朝に湊を漕ぎ出た船の跡がないようなものだ

沙弥満誓は、筑紫の地で活躍したお坊さんです。のちに大宰府に赴任してきた役人の大伴旅人とは、役職は違えど歌を通じて親しく交流し、二人の歌のやりとりがいくつか残っています。

生ける者 遂にも死ぬる ものにあれば この世にある間(ま)は 楽しくをあらな

大伴旅人

命ある者は、いずれは死にゆくものだから、この世にある間は楽しくありたい。

東(ひんがし)の 野に炎(かぎろい)の 立つ見えて かへり見すれば 月傾(かたぶ)きぬ

柿本人麻呂

東の野に昇る朝日が炎のように立っているのが見えた。振り返って見てみれば、月が傾いているのが見える。

柿本人麻呂は、持統天皇・文武(もんむ)天皇に仕えた宮廷歌人です。彼の仕事は、行幸と呼ばれる、天皇や皇族の外出に付き添って歌を詠むことでした。

当時、時代は大きく移り変わっていく時期でした。

草壁皇子(くさかべのみこ)が亡くなり、軽皇子(かるのみこ、のちの文武天皇)が代替わりする時期でした。

そんなとき、柿本人麻呂は上の歌を詠みました。

「太陽は昇り、月は沈む。人の世も、栄えもすれば、あの世に召される御方もいる」という解釈になります。

春の野に すみれ摘みにと 来(こ)し我そ 野をなつかしみ 一夜(ひとよ)寝にける

山部赤人

春の野に、すみれを摘もうと来た私は、野に心惹かれて一夜眠ってしまった。

山部赤人(やまべのあかひと)は、奈良時代前期の歌人です。自然美を詠んだ作品に定評があり、叙景(じょけい)歌人と呼ばれます。

山部赤人は柿本人麻呂と同様に宮廷歌人で、聖武天皇の行幸に付き添って、多くの歌を残しました。

新しき 年の始の 初春(はつはる)を 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)

大伴家持

新年の、年の初めの初春の今日に降る雪のように、良いこともますます重なってほしい。

大伴家持は、大伴旅人の子で、万葉集を編纂した人物とされています。

この歌は、万葉集の最後の歌です。

タイトルとURLをコピーしました