数学史入門

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みなさんこんにちは。

今日は、数学の歴史について、お話していきたいと思います。

今から1万年以上前から、人類は農耕と飼育によって生活を支えるようになりました。

農耕の開始によって人間は量を計る必要に迫られることになりました。

メソポタミア文明のあった土地で、大量の土器の破片が見つかりました。

これらは、貨幣の前身として使われたと推定されています。

バビロニア数学(古代メソポタミア文明における数学)は、世界最古の数学と言われています。

ウルクの神殿遺跡からは前3200年ごろと推定される、人類最古の文字を刻んだ粘土板が出土しています。

この中に、人類最古の計算の記録があります。

バビロニアでは60進法が使われていました。

また、今から4000年も前に、生活の必要性を超えて、好奇心によってレベルの高い数学が作られていきました。

メソポタミア文明と並び、いち早く都市革命を達成して強大な国家を作っていた古代エジプトでも、

数学の発展が促されました。

エジプトでは今から5千数百年ほど前に、ヒエログリフという文字が作られました。

そして10進法も編み出されました。

古代ギリシャの人々は、とても好奇心旺盛で、周辺諸国のレベルの高い学問を貪欲に吸収することに努めました。

アテナイを中心にして学問・芸術・政治など、頂点を築きました。

加えて、ソフィストと呼ばれる人々も活躍を始め、にぎやかになります。

ギリシャでは、数学的な事実を一般的に成り立つ「定理」として書き出し、それを証明する、すなわち、

より基本的な事実から演繹によって導出する、という数学のあり方が現れました。

ギリシャ数学の感性を象徴的に示すのが、ユークリッドの「原論」です。

インドでは、前1500年ごろに、サンスクリット語を話すアーリア人が住み始めます。

サンスクリット語は科学的な言語に成長し、ヴェーダ聖典や科学書が書かれます。

バラモン教の賛歌や祈祷文に、儀式の祭壇方法を細かく定めたものが書かれています。

そこには、レベルの高い幾何学的知識が使われています。

現在普通に使われている数字はインドに生まれ、アラビアで育って全世界で使われるようになりました。

7世紀前半に、唯一神アッラーの預言者マホメットが現れて、アラビア世界は大きく変わります。

インダス河流域から中央アジア、北アフリカを通ってスペインまでの一大帝国が形成されました。

諸国を征服し帝国を維持するためには、財政・税制面での統一が不可欠でした。

そのため、算術家たちが大活躍しました。

アラビアの学者たちは、ヘレニズム時代の数学・科学の古典を、次々に翻訳しただけでなく、

アラビア特有の自由で独創的な数学を展開しました。

n乗根を求める方法や小数の考案も含めた計算方法の工夫、

代数学の創始と展開、三角法を深めたことが、特筆すべきアラビア数学の貢献です。

12世紀に西ヨーロッパは、アラビアとビザンティンを介して、

ギリシャとアラビアの技術・文明を受け取り、

その後の世界史の中心へと乗り出してゆく知的基盤

はじめて作り上げることができました。

1637年にデカルトは、「方法序説」を出版します。

その中の「幾何学」は数学の歴史を変えました。

座標を使って幾何学の問題を代数的に解く「解析幾何学」を創始しました。

また、記号代数学も完成させました。

また、デカルトが曲線を点の運動として捉えたことにより、

現在の数学の根幹をなす「関数」の概念が芽生え始めました。

アイザック・ニュートンは、微分積分学を作って数学を変革し、

「プリンピキア」によって物理学を変革しました。

ニュートンがライプニッツと共に微分積分学の創始者とされるのは、

記号法を持った代数演算としてのアルゴリズムを確立し、

微分と積分が逆の関係にあることを明確に認識していたからです。

計算によって月とリンゴに同じ力が働いていることを確かめたのは、

ヨーロッパにおいてペストの大流行で大学が2度にわたって

閉鎖されていた時期でした。

数学は、ライプニッツが卓越した天才を示した多くの領域のほんの一つでしかありません。

法律学・宗教・政治・歴史・文学・論理学・形而上学・思弁哲学など、いずれも彼は貢献してきました。

パスカルの論文を読んでいるときに、ライプニッツはその論文の中に書かれていた

微小三角形から強いインスピレーションを受け、

その後1年ほどの間に微分積分学を作り上げました。

参考図書 中村滋著 数学史の小窓

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