アクセス数1万人突破記念、愛、天才、刀の鑑定士について

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このブログのアクセス数、1万人突破しました。

みなさん、ご愛好ありがとうございます。

今後もブログを更新し続けますので、よろしくお願いいたします。

さて。

今日は「汎愛論」について書いていきたいと思います。

私は親に愛されませんでした。

とくに、まぁ、母方の祖母には自尊心ズタズタにされました。

あの祖母のことですから、母の、他者を愛する能力の無さには、まぁ、許してやりましょう。

そういうわけで、私は子を産み育てるという、悲劇の連鎖はしませんが、

愛については思うことが多々ありますので、書いていこうと思います。

私は20代、とにかく常に愛を乞うているような、非常に利己的な人間でした。

マキャベリズムが好きで、目的のためなら手段を選ばない人間でした。

旧帝大の学生と付き合い、セックスをすることが私のステータスでした。

旧帝大生だったら誰でもよかった。

そうやって心の隙間を埋めようとしていた。

でも全然埋まってなかった。

当時、めっちゃ色んな人に嫌われてたと思うけど、嫌われてても別にどうでもよかった。

とある日、私は引きこもった。

労働して社会に自分の時間を搾取されていることが嫌だった。

愛されたことも無いのに、

幸せになったことも無いのに、

優しくされたことも無いのに、

なんで社会に自分の時間を提供せなアカンねん。

色々とアホらしくなった。

手っ取り早く金儲けして、

与沢翼みたいになりたかった。

まぁそんな感じでのらりくらり生きて来たけど、

いよいよ首が回らなくなって、働くことにした。

職場の人たちは、みんないい人だった。

働いていくうちに、日常のなかに潜む、たくさんの人の形跡を感じ取るようになった。

私は、知らぬ間にたくさんの愛を受け取っていたことに気付いた。

書店に足を運ばなくても本を手に入れられる愛を、ジェフ・ベゾスからいただいている。

グーグルのコンテンツという愛をサンダー・ピチャイやラリー・ペイジからいただいている。

働くこととは何たるかについて教わるという愛を、職場の先輩スタッフからいただいている。

今住んでいるアパートという愛を、設計者や不動産屋さんからいただいている。

ごはんが食べられるという愛を、スーパーで働く店員さんからいただいている。

飽くなき知的好奇心を刺激してくれるという愛を、たくさんの研究者からいただいている。

温かさという愛を、太陽からいただいている。

親の愛だけが愛じゃない。

彼氏の愛だけが愛じゃない。

たくさんの愛によって、知らぬ間に生かされていたことに気付いた。

話を戻すが、私は20代、手っ取り早く与沢翼みたいになりたかった。

それでネットワークビジネスに手を付けたこともある。

でも、過食のち嘔吐すると余計に太るとか、ラクして稼ごうとすると情報商材屋やネットワークビジネスのカモになるとか、

手っ取り早く何かを得ようとすると、逆に失うものは多い。

逆に、何かを得ようという動機ではなく、やってて楽しいからと言う理由で続けている習慣が、いつの間にか実を結ぶことはある。

誰かに、愛や何かを与えることが出来るのというのは、生まれ持った能力や親の財力はまったく関係が無くて、

「狂気に満ちた習慣」を続けられてきたか否かってだけなんだと思う。

私は狂気に満ちた読書と読書ノートを「好きで続けた」結果、こうして人生観や情報をブログによって他者に届けることが出来る。

知らぬ間に愛を与えられ、愛を与えるという相互関係で、人は生きていることに気付いた。

そういうわけで、「汎愛論」を私は唱えたい。

追伸 今日読んだ文化人類学の本に、『ゲルマン語系の語源には、「gift」という言葉には「毒」の意味が含まれる』と書いてあった。

なるほど面白い。

「ギフト」というのは神さまからの贈り物であって、自分で選べるものではない。

神から授けられる武器は、世の中を要領よく器用に生きていけるようにする能力である刀である場合もあれば、

日常では使いづらく、学問や芸術で発揮できる刀である場合もある。

その刀の使い勝手がわからず、自分を傷つけてしまう場合もある。

たとえば、本当は天才の卵なのに、それに気付かず、学校や職場で「変人」だなんだといじめられたりね。

でも、世界のどこかに、その人の刀の素晴らしさに気付いてくれる刀の鑑定士はいるはず。

一流の刀は、一流の鑑定士にしか良さがわからんのです。

幸運なことに、今の私は今の職場の上司と、白馬に乗った王子様という、二人の刀の鑑定士により、

神さまから贈られてきた刀で自死すること(毒)を選ばずに、

この刀を思う存分磨いてやろう(薬)という気持ちになったのです。

さらに言えば、天才の親が全員さかなくんの親やエジソンの親みたいに、理解のある親じゃないと思う。

親の無理解や虐待のために、神さまからの贈り物(Gift)の使い方が分からずそのGiftゆえに自殺していった、

大勢の天才の卵がいたんだろうと思う。

その天才の卵たちの弔いのためにも、私は生きていきたいと思う。

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