京都の王道ルートを散策しよう

京都散策

金閣寺

金閣寺は、相国寺の塔頭(たっちゅう、寺院の子院のこと)です。

世界遺産に登録されています。

正式には、鹿苑寺(ろくおんじ)といいます。

夢想疎石を勧請開山(かんじょうかいざん、本来の創始者でない高僧を、その寺の開山とすること)としています。

通称である「金閣」とは、舎利殿(しゃりでん、仏舎利を安置した建物のこと)を指します。

金閣の1階と2階は住宅風で、3階が仏堂風となっています。

金閣を映す鏡湖池(きょうこち)という池の中には、九山八海石(くせんはっかいせき)などの名石があります。

境内には、茶人である金森宗和(かなもりそうわ)好みの茶室、夕佳亭(せっかてい)があります。下の写真が、夕佳亭です。

庭園は国の特別史跡および、特別名勝に指定されています。

大覚寺

大覚寺の開基は嵯峨天皇です。

嵯峨天皇の離宮を寺に改めた、皇室ゆかりの寺院です。

また、嵯峨天皇に始まるという華道嵯峨御流を今に伝える寺でもあります。

大覚寺にある大沢池は中国の洞庭湖を模して、嵯峨天皇が築造したものと言われています。

平安時代前期の名残をとどめ、日本最古の庭池とされています。

池には、藤原公任の百人一首(滝の音は、たえて久しくなりぬれど、名杜流れて、尚聞こえけれ)の歌で有名な名古曾滝の石組みが残っており、それが国の史跡に指定されています。

東本願寺

東本願寺は、真宗大谷派の本山です。

本尊は阿弥陀如来です。

東本願寺の境内にある庭園、渉成園(しょうせいえん)は、別名、枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれます。

渉成園は、昔の中国の詩人である陶淵明(とうえんめい)の詩にちなんだ池泉回遊式庭園です。

南禅寺

南禅寺は、正式には太平興国南禅禅寺(たいへいこうこくなんぜんぜんじ)といいます。

本尊は釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)です。

亀山天皇が造営した離宮、禅林寺殿(ぜんりんじどの)が南禅寺の前身です。

南禅寺の三門(重要文化財)は、知恩院三門、東本願寺御影堂門とともに、京都三大門の一つに数えられています。

歌舞伎の『楼門五三桐』(さんもんごさんのきり)で、石川五右衛門が「絶景かな絶景かな……」という名科白を廻す「南禅寺山門」がこの三門です。

現在も楼上に登ることができ、京都市街が一望できます。

南禅寺のすぐそばには琵琶湖疏水が流れています。

琵琶湖疏水とは、琵琶湖の疏水を京都市へ流すために作られた水路です。

デートスポットとしてオススメ。

平等院鳳凰堂

平等院鳳凰堂の本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊です。

世界遺産に登録されています。

平安時代後期、日本では「末法思想」が広く信じられていました。

末法思想とは、釈尊の入滅から2000年目以降は仏法が廃れるという思想です。

そういうわけで、それは終末論的な思想として捉えられるようになり、

この不安から逃れるための厭世的な思想として捉えられるようになったそうです。

平等院が創建された1052年、当時の貴族は極楽往生を願い、

西方極楽浄土の教主とされる阿弥陀如来を本尊とする仏堂を盛んに造営したそうです。

したがって、方角でいうと、人々は東側から、西側の仏像を拝むという形になるそうです。

法然院

法然院は、哲学の道の途中にある、浄土宗のお寺です。

鎌倉時代に、法然が弟子たちと共に六時礼讃行を修した草案に由来するそうです。

史学者の内藤湖南(ないとうこなん)や、

マルクスを研究していた経済学者の河上肇、

小説家の谷崎潤一郎や、

『いきの構造』を書いた九鬼周造などのお墓が数多くあります。

さて、法然院で有名なのは、本堂で毎朝行われる散華(さんげ)。

板間に二十五菩薩を象徴した二十五の生花が置かれるのだそうです。

阿弥陀仏に花を捧げる散華の精神は、

訪れる人に自己の心をみつめ直す空間を提供することに努める、

法然院の姿勢の象徴なのだそうです。

嵐山 渡月橋

嵐山がある嵯峨野は古来、太秦を根拠としていた豪族の秦氏によって開発が進められたとされています。

平安遷都後には、風光明媚なため、天皇や大宮人たちの絶好の遊猟、行楽地でした。

嵐山は、国の史跡および名勝に指定されています。

本来地名としては西京区を指し、左岸は右京区嵯峨ですが、

観光案内等では嵯峨地区を含めた渡月橋周辺全域をひとまとめに嵐山と称しています。

銀閣寺

銀閣寺の正式名称は、慈照寺(じしょうじ)と言います。

世界遺産に登録されています。

また銀閣寺は、相国寺の塔頭(寺院の子院)です。

東山文化を代表する建築と庭園を有しています。

開基(創立者)は、室町幕府8代将軍の足利義政で、開山は夢窓疎石です。

銀閣と称されるのは観音殿(かんのんでん)のことです。

観音殿は二層の楼閣で、下層が和様の住宅、上層は禅宗様仏堂となっています。

庭園は池泉回遊式庭園で、国の特別史跡および特別名勝に指定されています。

東山文化とは、室町時代、足利義政から始まった文化です。

政治面では無能な将軍として伝えられることが多い義政ですが、文化人としては非常に優秀な人物でした。

義政自身、絵画や茶道などに取り組み、また多くの文化人を東山山荘に集め支援しました。

また東山文化は、禅宗が大きく影響し、簡素なものに美しさを見出しました。

半跏思惟像 広隆寺

広隆寺は、真言宗単立のお寺です。

秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院だそうです。

603年に秦河勝(はたのかわかつ)という人物が、聖徳太子から仏像を賜わり本尊として建立したことが始まりとされています。

また、奈良の法隆寺、大阪の四天王寺などと共に聖徳太子建立七大寺の一つです。

毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られています。

広隆寺には、飛鳥時代を代表する、日本の国宝第一号に指定された弥勒菩薩(みろくぼさつ)半跏思惟像が有名です。

この半跏思惟像は、アルカイック・スマイルの表情をしていることでも有名です。

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