虐待サバイバー女の、恋愛ぶっちゃけ話

はいみなさんこんにちは。

私は、虐待サバイバーです。

まぁ、自分が虐待を受けていたと認識するのにも時間がかかりましたが、

「自分は幸せになる資格がそもそも無い」という呪いを自分にかけるクセをつけさせた家に育ったならば、

十分に虐待されていたと言ってもいいでしょう。

私の育った家庭は、典型的な機能不全家族でした。

母は長女で、母は、親のカネ(私の母方の祖父母)をチラつかせて、父を婿に取りました。

で、母が私を妊娠しているときから私が2歳になるくらいまで、

父は家に帰ってこなかったらしいんですな。

まぁそうでしょうねあんな家wwww

って感じですけど、

犬神家の一族のようだというか、本家の執念と言いましょうか、

窮屈で息苦しい家でした。

私が高校生のときにようやく両親は離婚しました。

母は私が物心ついてから本日にいたるまで、

「婿取りという試練を与えられて、好きなように生きられなかった」

と悲劇のヒロインを演じ続けました。

そしてまた、「お前(私)のせいで不幸なワタシ」の顔をする母。

じゃあなんで私を産んだんwwwwwwwwwwwwwww

嫡男の兄だけ産んでおけばよかったやん。

家督相続する嫡男の兄だけ溺愛して、何なんwwwwwwww

祖父母はタンマリ貯蓄してましたが、

私の親の代は貧困といいましょうか、

貧乏癖?

貯蓄してないと不安で仕方がない、

通帳のゼロの数を数えていないと不安で仕方がない。

そういう訳で、実家にはタンマリ貯蓄はありましたが、

私は第一志望校すら入試代が高いとのことで受けさせてもらえず、

Fラン大1校受けて、そこに入学した。

まぁそういう訳で私の子ども時代は、家父長制のおかげさまで

絵に描いたような地獄絵図だったわけです。

あの家族から得られた教訓としては

1、私は不幸の再生産(子産み)をすべきではない

2、私は出産をしたところで不幸になるだけ

ってことですね。

出産は絶対にしない。

それでも、私は人を好きなることはありますし、

相手の方も私に好意を持ってくださることもある。

でも、私がその関係をハチャメチャに壊滅させてしまう。

私は、好きな人の遺伝子はこの世に残ってほしいと思う。

だから必然的に、私ではなく、

虐待の傷も無い、すくすくと素直にのほほんと育った女性と一緒になって、

素敵なお子さまを授かって、素敵な家族を築いてほしいと思う。

その、関係がハチャメチャに破綻してしまった男性が、

先日、別の女性と匂わせデートをしていることを知って、

正直悔しいなとは思ったけど、

これでよかったんだ、と安堵もした。

私は、この世の人類の均衡の中にはいない。

私もその子みたいに、何にも考えることなく、

のほほんと好きな人の隣にいられたらいいなとかは一瞬思ったりもするけど、

そうじゃないからね。

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この記事を書いた人

資産運用・日本文化・建築デザインを中心に記事を書いています。
ココナラにて、日本文化・京都観光・古典文学に関するオンラインレッスンを行っています。
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