自分の描いていた理想の成功の結果とは違っても

はいみなさんこんにちは。

人生、苦戦中です。

何度も言いますが、私は貧困&機能不全家族育ちです。

塾に行きたい、第一志望大学に行きたいと言っても、

親の無関心と単純にお金の無さから、

塾にも行けず、第一志望大学の入試さえも受けさせてもらえず、

地方Fラン私立文系大学を卒業しました。

えーっと、大学時代は休学して、

学生団体で雑誌を編集したり、

東京のシェアハウスに住んで永田町でインターンシップをしたり、

六本木の意識高い系の学生のイベントに毎晩繰り出したり、

なんかそんなことを続けながら、「ここは日本のテッペンじゃ!」と勘違いしながら過ごしていました。

学生時代は、這い上がることしか考えていませんでした。

貧困層から這い上がってゆくゆくは英語ペラペラになって、

シンガポールに移住して貿易業などをしてキラッキラなキャリアウーマンになる気満々だった。

しかし、心の奥底で、日本文化に対する密かな憧れもあり、

大学卒業後は京都に移住した。

思いのほか、というか当然だけど日本文化や観光ガイドの仕事はとても奥が深く、

20代の大半は日本文化や京都観光に没頭した。

そんな中、英語で海外の観光客に日本文化を紹介する会社に観光ガイドとして就職して、

挫折した。

小さなころから茶道の英才教育を受けている方々とは、生きてる世界が違いすぎる。

そもそも私は、英語を全然話せなかった。

そうこうするうちに私は人生に疲れてしまって、石垣島に移住した。

石垣島では船舶免許を取得したり、スキューバダイビングのライセンスを取得したり、

釣った魚を行きつけの居酒屋でさばいてお刺身にしてもらったり、

泡盛をはじめとして沖縄料理をたらふく食べたり、

竹富島で水牛に乗ったり、

色々遊んでた。

そんな折、新型ウィルスが蔓延して、京都に引き上げて、このサイトを立ち上げた。

それからのインバウンド産業は壊滅的で、私の知ってる京都じゃなかった。

本当に、何してたか覚えてない。

ずっと苦しかったけど、何が原因で苦しかったか、あんまりわかんなかった。

茶道教室も辞めた。

日本舞踊教室も辞めた。

着物関係の仕事も辞めた。

友達と着物を着て京都観光に繰り出すことも辞めた。

唯一続けていることは、読書とこのサイトだけ。

こんなはずじゃなかったとは思う。

描いていた未来とは全然ちがった。

私、何がしたいんだろう。。。

私は一生を通して、何を成し遂げる人物なんだろう。。。

唯一の救いは、敏腕上司のもとでクリエイティブ職に就くことが出来て、仕事は充実してることかな。

私は20代、目に見える結果ばかりを求めていた。

結果を急いでいたし、結果を得るための近道や裏技、もっと言えばラクして稼げる方法があるとか信じてた。

愚かだったと思う。

そんな中で大失敗したこともあったし、

親や社会や貧困育ちっていう自分の境遇を恨む日も続いた。

そんな中、アンドリュー・カーネギー(『人を動かす』のデール・カーネギーとは別の人)や渋沢栄一、中村天風や菜根譚の言葉たちに出会って、自分を律した。

近道や裏道なんてない。

誠実に生きることが一番重要である。

大切なことに気付くのに、多くの時間と失敗を要した。

今思うこととしては、ビッグになることがすべてじゃないのかなって。

でも私、何がしたいんだろう。

続けていることは、読書とこのサイト。

京都に戻って始めたことは、今のクリエイティブ職。

100%思い通りの人生は、難しい。

自分はこの分野で食べていくんだと思う意志は、挫折する。

でも、新型ウイルスが到来しても、インバウンドが壊滅的になっても、

どんなことがあっても、好きと言うよりもどちらかというと苦じゃないから続けてきた日課や習慣は、

自分の知らないところでいつの間にか強みになってて、それが仕事に繋がる。

好き(理想・憧れ)と強みって、違うんだなって。

そんなことに気付いた夜でした。

執筆者:山本和華子

私の本、『ほっこりしたい人のための 週末、日本文化』が出版されました。

オリジナルバッグを販売しています。

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この記事を書いた人

普段はOLやってます。仕事が楽しすぎて鳥になりそう。
週末は物書きしてます。新刊『ほっこりしたい人のための 週末、日本文化』アマゾンで購入可能です。
「暮らしに教養の深みと愉しみを」をモットーに、記事を執筆しています。

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