フランスの歴史
現在のフランスの地域には、元々クロマニョン人が住んでいました。このクロマニョン人の生活のありかが分かるのが、フランスの世界遺産として名高い「ラスコー洞窟」です。
しかし、その後、紀元前4世紀頃にケルト人が移住してくるようになります。このケルト人が、現在のフランスの起源となっていきます。
古代ローマの時代まで、現在のフランスの地域はガリアと呼ばれていました。
紀元前58年、ローマの名称軍カエサルがガリアに侵攻し始め、7年に渡ってケルト人と激しい攻防戦を繰り広げました。
当時カエサルはケルト人と戦闘を繰り広げている一方で、カエサルは「ガリア戦記」を執筆していました。
その後、ローマに支配されたガリアはローマの高度な文化を受けるようになっていきます。
三七五年の頃、ガリアにはゲルマン人が次々と侵入していくようになりました(ゲルマン人の大移動)。

476年に西ローマ帝国が崩壊し、481年にメロヴィング朝フランク王国が成立しました。ここに、フランスの原点が誕生しました。
フランク王国は現在のフランス、ドイツ、北イタリアにまたぐ広大な領地がありましたが、843年にフランク王国は三分割されました(ヴェルダン条約)。このうち西フランク王国が、フランスの領土となっていきます。
時代はくだり、1610年にルイ13世はフランスの王として即位し、絶対王政の政策を取るようにします。
ルイ13世が死去した後、当時まだ五歳だったルイ14世が即位しました。
ルイ14世はヴェルサイユ宮殿を建造して、国内外にフランス・ブルボン家の権威を見せつけました。
また、幾度も戦争に介入するなどして戦費が増大していき、それがフランス国民の重税のもととなりました。
国民の不満は頂点に達し、フランス革命が起こりました。
1804年、ナポレオンは皇帝に即位し、フランスでは第一帝政が始まりました。

フランスの産業・経済
フランスの2018年の輸出の第三位に、航空機が入っています。フランス南部のトゥールーズには、航空機メーカーであるエアバス社があります。
現在、アメリカのボーイング社とフランスのエアバス社により、大型航空機の市場を二分しています。
フランス政府が力を入れて投資していることが背景にあり、世界トップクラスの早さでインフラ整備が進んでいます。
2017年、フランスに訪れる外国人観光客は8690万人で、世界一位です。
農業においては、植物油、穀物、ワインはEUの約三分の一の生産高を占めています。
北部は穀作、西部は酪農、南部では地中海式農業、中部では畜産といったように、地域ごとの気候にあった農業がおこなわれています。
政府がインフラ整備に投資する財源を確保するため、給与税が40%と世界で最も高いです。
フランスでは電子力発電が盛んで、電力の8割近くは電子力発電によって賄われています。またその電力は近隣諸国へ輸出もしており、それはフランスの基幹産業ともなっています。

フランスの政治
フランスは、君主制を倒して共和制の国をつくった初めての国です。
共和制とは、君主(王様)をもたない政治体制のことです。
ただし、共和制だからといって、民主的とは限りません。中国や北朝鮮も共和国に含まれます。
フランスは大統領と首相の両方がいて、大統領と首相の権力は分担されています。
主に外交問題については大統領が、国内の問題は首相が担当しています。
2024年時点での最大与党は、新しい政党「再生」です。
この政党は、2017年にフランス大統領選挙で当選して大統領となったエマニュエル・マクロンによって創設されました。
「再生」では国際協調路線を掲げ、EUを重視しています。
執筆者:山本和華子
【参考文献】
串田誠一著『学校では教えてくれない世界の政治』
山中俊之著『教養としての世界の政党』


【本を出版しました】