10年間目指した観光ガイドの道を達成できずに挫折した私は、なぜ作家として芽を出すことができたのか ~自分なりの努力とか結果とか~

はいみなさんこんにちは。

私は10年間、観光ガイドを目指していて、しかし達成できずに挫折したというお話を、以前の記事にも書いていたと思います。

観光ガイドは私にとって花形の職業で、「観光ガイドにさえなれたら、自分の人生はすべて報われる」と信じていました。

しかし、京都の地での観光ガイドの門というのは非常に狭く、倍率もめちゃめちゃ高いわけです。

生粋の京都育ちで、学生の頃はロンドンに留学していましたみたいな女性の方がやっぱり有利なわけです。

観光ガイドの道を挫折して諦めたとき、「自分はすべて失ったな」と思っていました。

自分の手元には何も残らなかったし、何も達成できなかったし、何も結果が出なかった。

まわりのみんなはキラキラしてていいな~って思ってました。

でも、本当に何も残らなかったのでしょうか。




いわゆる富裕層と呼ばれる人々は、何かに挑戦して失敗したことを、一つの「失敗データ」として、自分の資産として蓄積するそうです。

そして、「このやり方はうまくいかなかったんだな、では他のやり方、もしくは他の道を試してみよう」と、

また別のことをやり始めるそうです。

私にとって「TOEIC750点取って、観光会社の面接に受かる」という道は、一つの「失敗データ」だったわけです。

もう少し俯瞰的に書くと、「資格や企業というような他者からの承認によって、自分の価値を証明する」というのは、私は向いていなかった。

では、どういう道であれば、私は自分の道をうまく作っていくことができるのでしょうか。




これは私なりのやり方であり、一般論ではありませんが、私の場合ですと、

「呼吸するようにいつの間にかずっと続けていること

「ずっとやり続けていても苦じゃないし、むしろずっと面白い」

「仮に誰にも認めてもらわなくても、楽しく夢中でいられる

「これはやり遂げるぞ、という一種の執念

これが私の、作家への道に繋がりました。

これは、努力している、と自分では思っていません。

努力というより、いつの間にか続けていること。

知りたいことや「問い」を言語化してさらに調べたり、

読んだ本の内容をわかりやすくまとめたり、

旅行に行ったらその都度何かを感じたり学んだりして、それをエッセイにしたり、

自分がどんな風にさまざまなハードルを乗り越えてきたのかを、自分なりの言葉で表現したりとか。

そういう、私の日課が、自分の人生を創っていきました。

最後に、努力について、少しお伝えしましょう。

私はずっと、「自分は努力をすることに向いてないな」みたいなことを考えていました。

でも、そもそもなんですが、私は「努力」という言葉の概念を、少し履き違えていたのかもしれません。

私はずっと、「努力しました」と言える人は、結果を残した人のみである、と考えていました。

でも、そうじゃないらしい。

首相の高市早苗さんの名言に、こんな言葉があります。

「努力は、報われるためにするのではない。自分を裏切らないためにするものです」

なるほど!と思いました。

私は、自分なりに色々頑張っているけど、結果が出なかったらそれを「努力」と呼んではいけない、

みたいな考えを持っていたけど、そうじゃなかった。

「結果はどうあれ、自分との約束を守るために、努力をする」ことを、私は知りました。

私は、全然体重は減りませんが(笑)、毎日、ストレッチとプランクをずっと続けています。

何か目に見える結果は今のところありませんが、「健康維持のためにプラスに働いている!」と信じて、

毎日続けています。

これは、結果重視よりも、「自分との約束を守る」ための、毎日の日課かなと思っています。

執筆者:山本和華子

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