審美眼を鋭くして、狙いを定めるということ ~私は誰を幸せにできるだろうか?~

自分の長所や魅力って、自分ではあんまりわからない。

私はずっと、「こんなのできたって普通だよな」って思ってたことが、

実は自分の長所だった、というエピソードがつい最近あった。

私は、「この人が好き!」って直感で思ったら素直にドストレートで片思いするし、

「このアートは美しい!」って思ったら、ずっとそのアートを愛したいと思う。

チーターのような瞬発力のある素直さがあるんだと思う。

でも、この社会で、「自分の感性を信じられる人」って、ごくわずからしい。

みんな、「人気かどうか」とか、「有名かどうか」とか、「周りのみんなはどういう評価をしているのか」とか、

周囲の目を気にすることを一番最初にするらしい。

私はそういうの、よくわからない。

みんながその人を評価していたら、自分も評価するのか?

私はたぶん、自分の感性に自信があるんだと思う。

みんなからどう言われようと、結構どうでもいい。

そのために、普段からありとあらゆる一流の世界を学んでいるのだから。

普段のおこないが、一瞬の価値の発見に繋がるんだろうと思う。

普段の習慣が、自分の審美眼を磨いていく。

私は、自分が、人類全員を救うことはできないというお話を、以前の記事に書いた。

私は親との関係のことがあり、私は自分の子を愛してあげられないし、幸せにしてあげることができないと判断したので、私は子を産まない選択をした。

私はいったい、誰を幸せにできるだろうか?

私は、何でもそこそこできる要領の良さとか器用さというものが、まるでない。

言葉を介して価値や豊かさを伝播することが、唯一私にできることである。

マジでそれしかできない。

また、私はドバイの石油王の娘の苦しみを理解することは難しい。

でも、「今まさに自殺しようかどうか、悩んでいる」という人のそばで、その人の話を傾聴することはできる。

私は一生、死ぬ直前まで仕事をしていたい、というお話を、以前Youtubeで話した。

私は自分のビジネスを介して、社会の豊かさや幸せを広げていきたい。

私は、自分が幸せにできる人は限られてくると思う。

だからこそ、そういう人に対して、狙いを定めて、自分の言葉を届けていきたいと思う。

執筆者:山本和華子

【本を出版しました】

『人は、何度でも立ち上がれる』

失業。依存症。大借金。
ひきこもりニート、自己破産一歩手前。
人生のドン底を、何度も経験した。

何をしても不器用で、努力が結果につながらない日々。
それでも筆者・山本和華子は、人生を諦めなかった。

絶望の中で何を考え、
どんな小さな行動を、どんな心持ちで積み重ねてきたのか。
そしてなぜ、「作家として生きる」という道に辿り着いたのか。

赤裸々な言葉で綴られたこのエッセイは、
今まさに人生で苦しんでいる人、
「もう一度やり直したい」と思いながら立ち止まっている人に、
そっと寄り添う一冊です。




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