ドイツの歴史・政治・経済・主要産業・文化・世界遺産をわかりやすく解説

目次

ドイツの歴史 古代から中世まで

約2000年前、ローマ帝国の時代、ライン川とドナウ川以北には、ゲルマン人が住んでおり、

そのゲルマン人が現在のドイツの祖先となりました。

食糧不足などの理由により、ゲルマン人は徐々にライン川とドナウ川以南のローマ帝国に入っていくようになります。

(ゲルマン人の大移動)

6世紀、フランク王国が大きな力を得ていきますが、その後3つの王国に分裂していきます。

その3つの王国は、現在のフランス、ドイツ、イタリアの原形となります。

10世紀、ドイツの原形である東フランク王国の王、オットー1世は、962年、ローマ教皇から皇帝の称号を授かります。

オットー1世は皇帝となり、東フランク王国は神聖ローマ帝国という名前に変わります。

その後神聖ローマ帝国内では、諸侯たちが自分たちで地域を束ねていき、それらは「領邦(りょうほう)」と呼ばれました。

14世紀頃から、ハプスブルク家が神聖ローマ皇帝として君臨します。

その後、マルティン・ルターにより宗教改革が行われます。

ルターは、ラテン語で書かれていた聖書をドイツ語に翻訳し、市民にキリスト教本来の教えを伝えました。

そして1546年、ドイツではカトリックとルター派で宗教戦争が起こります。



領邦の中でもひときわ力を持っていたのは、オーストリアとプロイセンです。

オーストリアは12世紀に起こり、ハプスブルク家が実権を握ることで存在感が増していきました。

17世紀、三十年戦争が起こります。

最初は宗教戦争でしたが、フランスの、オーストリアの強大化を何としてでも止めたいという思惑により、戦争が長引きました。

三十年戦争は、ウェストファリア条約をもって終結を迎えました。

ウェストファリア条約では、領邦は今までよりも強い主権を持つことができ、ほぼ独立した国家へと変わります。

そして、神聖ローマ帝国の存在意義は無くなりました。

18世紀頃、強大化したプロイセンとオーストリアが戦争を始めます。

その時期、オーストリアにはマリア・テレジアが即位しており、彼女はフランスと和解することを決意します。

娘のマリー・アントワネットをフランス王家に嫁がせて、フランスとの関係を改善させていきました。

その後のフランスでは、フランス革命、ナポレオンの登場と、動乱が起きます。

ナポレオンが失脚した後、「ナポレオンによりぐちゃぐちゃになった領土をどうするのか」という話し合いが行われました(ウィーン会議)

ウィーン会議より、ドイツ連邦が作られます。

ドイツ連邦は、国家というよりも、おだやかな連合体のようなものです。

ドイツの歴史 近世

19世紀後半、「プロイセンを中心に統一国家を作る」という声が広がりました。

そして、ビスマルクが登場し、ドイツ帝国の成立を宣言します。

この頃即位したヴィルヘルム2世はビスマルクと対立し始め、ビスマルクは解任させられます。

ヴィルヘルム2世の政策により、イギリス、フランス、ロシア(三国協商)との対立が深まりました。

その後、第一次世界大戦が始まります。

第一次世界大戦はヴェルサイユ条約の締結によって終結しますが、その条約でドイツは、1320億金マルクという大金の賠償金が課せられました。

その賠償金によりドイツ国内は混乱、そして1929年には世界恐慌が起こります。

ここで、ヒトラーが登場します。

ナチスの最終目標は、ヴェルサイユ体制を壊すことでした。

1941年、独ソ戦が開始され、ドイツは敗北して無条件降伏します。

戦後、ドイツは東西に分裂し、経済格差が広がります。

西ドイツに、ブラント首相が就任します。彼は、各国との関係改善に努め、後にノーベル平和賞を受賞しました。

そして、1989年にベルリンの壁が壊され、ドイツは東西統一しました。

ドイツの政治

ドイツにとって、ナチスへの反省は非常に大きく、現在でも中央集権的な権力は避けられています。

議院内閣制のドイツ連邦議会には、連邦参議院(上院のようなもの)と連邦議会(下院のようなもの)があります。

ドイツの国家元首は大統領ですが形式的なもので、実権は行政権をもつ連邦首相にあります。

2021年までドイツの首相だったアンゲラ・メルケルは、旧東ドイツ出身でした。

東西が壁で分断されていた冷戦時代に育ち、社会主義的な影響は少なからずあったと考えられています。

彼女は、ベルリンの壁が崩れる35歳までは、なんと物理学者でした。

ドイツはEUの中でも、移民や難民を比較的受け入れている国です。

ドイツの世界遺産 ケルン大聖堂

ケルン大聖堂

ケルン大聖堂は、中世ゴシック建築の最高傑作と言われています。

ゴシック建築の特徴は、とがったアーチ、リブ・ヴォールト天井、そしてフライングバットレスです。

フライング・バットレス(この建物は、パリのノートルダム大聖堂です)

ケルン大聖堂の見どころは、まず正面にある3つの玄関と2つの塔です。

スケールの大きい重厚な大聖堂ながら、細かい彫刻も施されています。

ケルン大聖堂のステンドグラス

大聖堂の内部は全長144メートルもあります。

アーチ状の天井、ステンドグラス、すべてが見事な造形美です。

ドイツの世界遺産 アーヘン大聖堂

アーヘン大聖堂

アーヘン大聖堂は北部ヨーロッパでは最古の聖堂で、カロリング朝フランク王カール大帝が埋葬されています。

アーヘン大聖堂の中心は宮殿教会で、ビザンティン様式、ドイツ・ロマネスク様式など、

様々な建築様式が融合して造られています。

アーヘン大聖堂のステンドグラス

カール大帝即位600年を記念して造られた礼拝堂には、荘厳なステンドグラスがはめ込まれています。

ドイツの主要産業と有名企業

ドイツはヨーロッパ最大級の工業国であり、製造業の国として世界的に有名です。

ドイツの最も象徴的な産業が自動車産業です。高級、技術力、ブランド力で世界をリードしています。

【主な企業】

●フォルクスワーゲン・・・アウディやポルシェなど、多くのブランドを傘下に持ちます。

●BMW

●メルセデス・ベンツ・グループ

ドイツは世界最大級の化学産業国です。医薬品、農薬、素材などを生産しています。

【主な企業】

●BASF・・・世界最大級の化学メーカー

●Bayer・・・医薬品、農業化学、医療分野で有名

ドイツが誇る世界的な陶磁器ブランド「マイセン」

マイセンの陶磁器(イラスト)

マイセンは、ヨーロッパ初の白磁製造に成功したことで知られています。

【マイセンの3つの特徴】

1、コバルトを用いた独自の染付技術による、深みのある「マイセンブルー」

2、1722年から採用されている、交差した2本の剣「クロスソード」は、マイセン製品の窯印です。

3、バロック、ロココ、新古典主義、アール・ヌーヴォーなど、マイセンは各時代の美術様式を取り入れてきました。

執筆者:山本和華子

写真提供:写真ac https://www.photo-ac.com

イラストは、生成AIにて作成しました。

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