はいみなさんこんにちは。
「儒教」というと、みなさんどのようなイメージを抱きますか?
難しそうとか、窮屈そうとか、上から目線で鬱陶しいとか、私はそういうイメージを持っていました。
ホントにねぇ、長年私は儒教アレルギーみたいなものを持っていました。
しかし、その儒教を確立させた孔子という人物の本当の姿は、
全然堅苦しくなく、逆に愛らしくもあることを知りました。
後世、たくさんの学者や政治家によって、孔子の教えに枝葉が付けられ、
枝葉が膨れ上がるようにして語り継がれるようになりました。
今日はそのお話をしていきましょうね。
孔子とはどのような人物だったのか?
孔子は、中国の春秋時代を生きた人物です。
彼は、人生のほとんどを挫折と漂泊のうちに過ごした人物だったそうです。
なんだか李白にも似ていますね(笑)
孔子の母親は、雨を降らせる巫女さんでした。
孔子は当時から自分の思想を他者に伝え回る活動をしており、
孔子の教団に属する人々を、「儒」と呼ぶようになっていきました。
孔子はずっと、周の時代の周公旦を尊敬していました。
そういうわけで孔子は、古代の神巫の生き方を重要視すると共に、周の時代の教えや文化を理想としました。
「仁」という漢字は、孔子が発明したのだそうです(白川,2003)。
儒教思想の中心をなすものが「仁」です。
【仁という漢字について】
親愛の意味。儒家が人の最高の徳とする漢字。
仁の「二」とは、敷物である「衽席(じんせき)」の象。
仁は、最初は衽席が暖かいという意味(人がその上に座るので)で、
そこから慈愛や和親の意味に広がっていった。
白川静編『字統』より
当時の革命家や思想家は、既存権力の反逆者と見なされる傾向にありました。
したがって孔子も、その長い生涯を、政治家として登用されるわけでもなく、挫折と漂泊のうちに過ごしたのでした。

『論語』の真髄に迫る
孔子の書物で有名なものに『論語』があります。
その『論語』の内容を紐解いていきましょう。
古人の聖人と呼ばれる者はみな、身体的欠陥や精神的欠陥を持っていたそうです。
孔子もそうだったそうです。
身体的にも精神的にも恵まれていたら、小人(普通の人の意味)として気楽に生きていけたでしょう。
しかし、欠陥を抱えて生まれてきた人たちは、小人(普通の人)として生きることは許されなかった。
だからこそ、彼らは普通とは違う生き方をして、聖人となったのです。
孔子は生きていく中で、「神は自分の中にこそいる」ことに気付きました。
これは、イエス・キリストにも似たところがありますね。

だからこそ、孔子は必要以上に神霊に近付くこともしなかったし、スピリチュアルじみたことは話しませんでした。
孔子が長い間行ってきた「祈り」とは、外にいる誰かとしての神ではなく、自分の中の神にアプローチする方法として実践してきたのでした。

儒教の「礼」とはどのような教えなのか?
「礼」という漢字の正式な字体は「禮」です。
「豊」とは、祭祀に用いる器の象形文字です。
(祭祀に用いる器の象形文字である漢字って、結構たくさんありますよね)
中国の歴史の上で、「礼制」が社会規範の基礎として定められたのは、漢王朝の時代からでした。
六朝文化に代表される六朝時代の貴族や文化人は、経済力や軍事力ではなく、
文化の力で社会の上層に定着していました。
当時の貴族や文化人の生き方を支えていたのが、「礼」でした。
(文化の力って、経済力や軍事力と対等であれる強いパワーを持っているのですね!パブリック・ディプロマシーという考え方もありますし。)
礼とは、正しい行為の規範のことです。
また、貴族社会において、自分が貴族の一員であることを周囲に認めてもらうための行為規範でもありました。
執筆者:山本和華子
【参考文献】
白川静『孔子伝』
白川静編『字統』
安田登『あわいの時代の「論語」』
小島毅『東アジアの儒教と礼』



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