落語の発祥者は、安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)という人物と伝えられています。
安楽庵策伝は、戦国から江戸初期にかけての僧侶でした。
当時、僧侶は仏教の教えをわかりやすく、そして面白く伝える必要がありました。
そこから落語が出来てくるわけですが、今回は彼の違う顔についてのエピソードを書いていきたいと思います。
1623年に彼は、京都にある誓願寺の境内に、塔頭である竹林院を創り、そこに隠居しました。
そして、その境内の茶室、「安楽庵」に入って数寄三昧の生活を送りました。
そう、彼は、落語の発祥者という顔だけでなく、茶人の顔、そして数寄者の顔も持ち合わせていたのですね。
そしてここからがもっと面白い話。
茶人の小堀遠州とめっちゃ仲良かったそうなのです。
安楽庵策伝は誓願寺に勤めていたとき、小堀遠州に茶室を作ってもらっていました。
さらに、彼は金森氏(金森宗和の筋ですね)の生まれで、古田織部に茶を学んだそうです。

当時、一流の茶人になるためには、単に茶道の奥義を究めるだけではなく、はなし上手でなければなりませんでした。
そういう人物は「御咄衆(おとぎしゅう)」と呼ばれました。
金森長近(安楽庵策伝の兄)、織田有楽(織田信長の弟)、古田織部、道阿弥などはいずれも秀吉の「御咄衆」でした。
最後に、ジャズと落語の仲良し事情について、おまけ話をしたいと思います。
まず、あなたは、ジャズの曲が、曲たらしめてるものって、何だと思います?
ベースのコードだと思いますか?
メロディラインだと思いますか?
ここの問いを頭のすみっこに入れて、読み進めていきましょう。
ジャズって、楽典という理論武装をしまくったところで、
面白味の無い曲になりますし、逆に、崩し過ぎると駄作になってしまいます。
その間の妙のバランスを取るのが、ジャズというものなのかなと思っています。
そのジャズのあり方を確立したのが、サックス奏者のチャーリーパーカーだったのかなと思います。
落語もそうだと思います。
古典落語の演目を、伝統を遵守する形だけで語るよりも、
自分の言葉で語ってる落語家の方が、面白いと思うのと同じだと思います。
「バランスの妙」という考え方って面白くて、
アートの世界なんかでもそうなんですけど、
「醜」のギリギリ一歩手前の「美」を表現する作品は、
本当に深遠で趣深いです。
ジャズの楽しみって、メロディラインを覚えることでは無い、と私は思っています。
幹(曲を形作る最低限のメロディラインの形)から派生した枝や葉(アレンジやアドリブ)がどう面白いかを聴くのがジャズの醍醐味かなと思います。
また、ジャズバーって、演奏者とリスナーのグルーヴ感をすごく大事にするじゃないですか。
それと同じように、落語も、落語家とお客さんの関係性で成り立つ芸能なのかなと思います。
執筆者:山本和華子
引用文献:関山和夫著『安楽庵策伝和尚の生涯』
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