はいみなさんこんにちは。今日は、寝殿造、書院造、数寄屋造の違いについてみていきましょう。
寝殿造

寝殿造とは、平安時代に完成された貴族住宅の様式を言います。
当時の寝殿造建築が現存している建物はありません。
寝殿造の敷地には、寝殿と呼ばれる建物(正殿、せいでん)が建ち、その周囲に対(たい)が設けられ、それぞれの殿舎が渡殿(わたどの)によって連結されます。
寝殿造の主要な建物は檜皮葺(ひわだぶき)で、床は板の間、開口部には蔀戸(しとみど)をつり、出入口に妻戸(つまど)が用いられました。
畳はというと単体で敷かれる程度で、主役ではありませんでした。
正殿の正面には、様々な儀式を行う場となる池泉庭園が広がり、池や滝などが配されました。
寝殿造は、20~30名の貴族が一つの建物に居住していたと言われています。
寝殿造の間取りには壁がなく、天井も吹き抜け構造で、隙間風が入り、冬はとても寒かったと言われています。

●蔀戸・・・板に格子を組んだ戸のこと。季節に応じて風や光を調節できるようになっています。
●妻戸・・・板でできた両開きの扉で、蔀戸より格式が高く、儀式の際には要人の出入り口として使用されていました。

【池泉庭園について】

●遣水(やりみず)・・・池に注がれていた小川で、曲水の宴などに使われました。

●州浜(すはま)・・・池の一部が「浜」のように湾状に入り込んでおり、ここに舟着きが作られて儀式や蹴鞠など行事の舞台となりました。
●釣殿(つりどの)・・・池の縁に張り出した建物で、観月や舟遊びの鑑賞に使われました。

書院造
書院造は、室町時代に成立し、桃山~江戸時代に完成した武家住宅様式です。
武家社会にふさわしく、「接客・儀礼・政治を行う空間」として発達しました。
この時代、床素材は板張りから畳張りへと変化します。
畳を敷き詰めた「座敷」が整備され、座敷飾り(床の間、違い棚、付書院の3点セット)が整います。

書院造では、部屋ごとに機能と格式が厳格に定められています。
書院造は、複数の部屋が一つの建物につくられるようになり、襖(ふすま)、障子によって部屋を仕切ります。
また、寝殿造とは違って部屋には壁が現れ、部屋同士は廊下で繋がります。
建物に天井が張られたのも、書院造からです。
書院造にも庭園がありますが、寝殿造のように遊び場というわけではありません。
枯山水という水のない庭園で、鑑賞することが主な目的で造られました。

●黒書院(くろしょいん)・・・主君の公式な謁見(えっけん)の場で、最も格式が高いです。黒書院の障壁画は豪華に描かれました。
●白書院(しろしょいん)・・・黒書院よりも、実務的な接客・政務の場で、障壁画もやや落ち着いたものが多いです。

数寄屋造

近世、武家の権威と格式を重んじた書院造が展開した一方、公家社会において、風雅で洗練された王朝文化を表現した数寄屋造も発展していきました。
数寄屋造では、できるだけ飾りを排し、内面を磨いて客人をもてなすという、茶人の精神性を表した造りとなっています。
書院造りを基本としつつも、風流でありつつ繊細、質素かつ洗練された意匠が特徴です。
庭の四季によって季節を感じさせたり、周囲の景色を活かした借景を楽しむ間取りとなっていることも特徴のひとつです。
●下地窓(したじまど)・・・格子状の窓で、光が柔らかく入ります。

●多様な天井の意匠・・・化粧屋根裏(小屋組が見える天井)、掛込天井(斜めに張っている天井)、網代(あじろ)天井(竹を編んだ天井)
執筆者:山本和華子
写真は山本和華子が撮影したものです。
イラストは、生成AIにより作成しました。
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