はいみなさんこんにちは。
私は20代のとき、信じられんくらい、強固な学歴コンプレックスがありました。

しかし、いつの間にかそのコンプレックスは消えていました。
私にとってコンプレックスというのは、不安感情によく似ている。
学歴コンプの最中にいたときは、その感情に呑まれていたような気がする。
でも最近は少し客観的に物事を考えられるようになって、
コンプレックス(不安感情)の対象は、別に何でもよくて、
形を変え品を変え、そういう感情になりたい体質、思考のクセが私にはあるのかなと気付いた。
今は、海外旅行に行けていないコンプレックス。
私は、コンプレックスを埋めるための自己実現は、
何一つうまくいかない体質であることも、自分でよくわかっている。

それに対して、「今の人生、きちんと楽しめている」と言う風に、
自分の人生にきちんと集中できているときは、自分に「有る」ものを見ることができる。
最近の私は、どうにも執筆が進んでないし、Youtubeも思ったように進んでいない。
人生に閉塞感を感じている。
そういうときに限って、何かに対して(別に海外旅行じゃなくても何でもいいんだと思う)
コンプレックスを抱く思考のクセ(不安感情のようなもの)に襲われる。
執筆がゴリゴリ進んでいるときのような、
好きな事に夢中になれて、没入できているときは、そういうコンプレックス感情なんて一切現れない。
本心のところでは、別に学歴ロンダリングも海外旅行も、一番欲しいものではないんだと思う。
コンプレックスの口実のようなもの。
誰かと比べて「あぁ自分にはあれが足りないこれが足りない」などと不足を感じたいだけ。
これまた引き寄せの法則の話だけど、
自分が何か未来の1コマを得たいと思ったとき、宇宙さんが完璧な台本を書いてくれるというお話がある。
コンプレックスの埋め合わせのために、宇宙さんは台本を書かない。
好きなこと没入できることに対して、宇宙さんは完璧な台本を書いてくれる。
だから、軽い周波数の心で、宇宙さんの台本が届くのを待ちながら、好きな事をスルスルとやっている方が良い。

他人がすでに所有している物事を自分が欲しいと思うものを、私はコンプレックスに抱きやすい。
でも、本来、自分の天命というのは、他人が所有しているかとか比較して劣等感を抱くとか、
そういうストーリーの中には無いはずである。
おそらく私は、純粋に、自分がやってて楽しいこと、好きなことに没入して、
夢中になれて楽しくて、それを人さまと分かち合うことが、本当にやりたいことなんだと思う。
だから執筆が進んでたとき、着物サークルやってたとき、京都観光やってたとき、
祇園のクラブで働いてたとき、一人小旅行してたとき、私は何の不安感情もなく、
コンプレックスを埋めなきゃという焦燥感もなかった。
ただ純粋に「今」を楽しんでいた。
要するに、私は自分の人生で、コンプレックスを埋めるためのSomethingを得たいのではなく、
フロー状態になれる面白い人生を得たいのかなと分かった。
自分の書いた本が売れるからとかじゃない(売れたらそりゃ嬉しいですが)。
ただひたすら原稿を書いている最中が、尊い時間なのだ。
執筆者:山本和華子



