イランの歴史 古代~中世
イランの地では、紀元前3200年~紀元前500年頃に、エラム文化が栄えました。
スーサという都市は、長期間にわたりエラム王国の首都として栄えました。
スーサの近くにある世界遺産のチョガ・ザンビールは、エラム時代のジッグラトとして知られています。
キュロス2世が、紀元前550年頃にクーデターを起こし、アケメネス朝ペルシャの初代王として独立します。
その後アケメネス朝ペルシャは、古代オリエントを統一します。
3代目の王であるダレイオス1世の時代に、アケメネス朝は最盛期を迎え、この頃にペルセポリスが建てられます。
しかし、紀元前330年、ダレイオス3世のときにアレクサンドロス大王に滅ぼされてしまいます。
その後、紀元後226年、アルダシール1世がササン朝ペルシャを建国します。
ササン朝はゾロアスター教を国教とし、ゾロアスター教を体系的にまとめあげました。
しかし、紀元後600年代に、イスラーム勢力によってササン朝は滅ぼされてしまいます。
イランの地はその後、ウマイヤ朝、アッバース朝、セルジューク朝などに統治されます。
イランの歴史 近世
第二次世界大戦後、イランではイギリス寄りの王政が続き、
イギリス資本の石油会社がイラン国内の石油産業を独占し、莫大な利益を上げていきました。
そんな中、「イランの石油をイラン国民に取り戻せ」という国民の意見が上がります。
その国民が支持したのが、モサデグ首相でした。
モサデグ首相はイギリスの石油国有化を断行します。
しかし、これによって米中央情報局(CIA)が資金提供して軍事クーデターを画策し、
モザデグ首相を失脚させてしまいました。
これにより、石油利権も米英の資本の手に戻ってしまいました。
これに対抗するために登場したのが、シーア派の指導者であるホメイニ師でした。
1979年、ホメイニ師が指導するイラン革命がおこり、米英寄りだったパフレヴィー王朝を倒しました。
革命が成功すると、ホメイニ師が最高指導者に就き、イスラムの規範に基づく政治が始まりました。
親米のパフレヴィー王朝を倒したことで、イランは欧米諸国を敵に回してしまいました。
1989年にホメイニ師が死去すると、2代目のハメネイ師が最高指導者に就きました。
イスラム教のシーア派とスンナ派について
現在のイランは、イスラム教のシーア派の人が多いです。
イスラム教全体で言うと、スンナ派が9割で、シーア派が1割です。
なぜイラン人はシーア派を信仰しているのでしょうか。
シーア派がイランに広まった理由は、イスラム教の創始者であるムハンマドの孫が、
ササン朝ペルシャの王女をめとったからです。
ペルシャ滅亡後のイラン人にとって、シーア派こそが心の拠り所でした。
ちなみにスンナ派というのは、経典を重視し、コーランを理解すれば誰でも指導者になれるという考え方です。

イランの政治
イランでは事実上、政権交代がありません。
イランは共和制で、国民の直接選挙によって大統領が選出されますが、
政治をすべてコントロールするのが、最高指導者であるハメネイ師です。
イランの世界遺産 ペルセポリス

ペルセポリスは、アケメネス朝ペルシャの最盛期に建設された宗教都市です。
ギリシャ語で「ペルシャ人の要塞」を意味するペルセポリスの創建は、ダレイオス1世の時代に始まります。
ペルセポリスは毎年、春分の日に行われた「新年の大祭」の際の宗教儀礼の場として使われていました。
ペルセポリスの建築群の随所には精緻なレリーフ(浮彫)が見られ、玉座殿の入り口には、古代ペルシャ人の民族宗教であるゾロアスター教の最高神、アフラ・マズダのレリーフがあります。
イランの世界遺産 イスファハーンのイマーム広場

イラン中部の都市イスファハーンは、ザーヤンデ川の水と豊かな緑に恵まれたオアシス都市です。
イランにイスラム王朝であるサファヴィー朝が興ったのは16世紀です。
アッバース1世はこの地を首都と定め、コーランに記された楽園を手本とする壮大な都市建設に着手しました。
16世紀末から17世紀にかけて、イスファハーンは「イランの真珠」と言われるほどの美しい都市に発展していきました。
広場の回廊に組み込まれるように立つイマームのモスクなどには、彩色タイルによって彩られたアラベスク模様があしらわれました。
イスファハーンは、イランの伝統工芸であるペルシャ絨毯の産地としても知られます。
絨毯や刺繍、金属細工、彩画陶器(クバチ焼)などの工芸品が、ペルシャ湾の港から多く輸出されました。

イランの世界遺産 タフテ・ソレイマーン

イラン北西部に位置するタフテ・ソレイマーンは、「ソロモン王の玉座」を意味するゾロアスターの聖地跡です。
ゾロアスター教は、火を神聖視しており、いくつもの火口湖がある火山地帯のこの地に宗教的な価値を見出しました。
紀元前6世紀から紀元前4世紀に勢力を誇ったアケメネス朝ペルシャが、ゾロアスター教を国教としたことから、タフテ・ソレイマーンは国家的な祭祀を行った拝火檀(アザル・ゴシュナスブ)として、多くの巡礼者を集める重要な聖地に発展したと考えられています。

イランの主要産業
政府は歳入を石油に依存する状況から脱却を目指し、自動車製造業、航空宇宙産業、家電製造業など、他分野への投資を行い、産業の多角化を試みています。
またイランは、鉱業、観光業、情報通信技術産業分野で大きな潜在的可能性を持っています。

イランの伝統工芸品
【ペルシャ絨毯】

作られる地域によってデザインの特徴も異なります。
イランでは、絨毯は鑑賞用としても作られ、アートとしても機能しています。
【ミーナ・カーリー】

お皿や壷などにエナメルで色や模様をほどこし、それを焼きつけて作ります。
【ハータム・カーリー】

イランの象嵌細工です。ラクダの骨や真鍮、貝殻などで台木に嵌め込んで制作されます。
執筆者:山本和華子
写真提供 写真ac https://www.photo-ac.com
イラストは、生成AIにより作成しました。


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