横田空域問題とは? 日本とアメリカの関係を考える 【日米安全保障条約と日米地位協定についてわかりやすく解説】

目次

横田空域とは?

東京を含む1都9県にまたがる空域を「横田空域」と言います。

この空域の航空管制は、横田基地のアメリカ軍が握っています。

これは、世界的に見ても異例だと考えられています。

民間機は、横田空域を自由に飛べません。

民間機はこの空域を避けるため、急上昇して横田空域を迂回して移動しなければなりません。

したがって、大きな制約を強いられていると言えるでしょう。

航空安全推進連絡会議は毎年、

国土交通省に対し、「民間機の安全かつ効率的な運航を阻害している軍事空域の削減」を求め続けています。



横田基地は現在、アメリカ本土やハワイ、グアム、韓国などにある米軍基地の中継地点となっており、

軍事空輸のハブ基地としての役割を担っています。

しかし、日本の空の主権が侵害されているのは、重要な問題であると言えます。



ちなみにドイツにも米軍基地はありますが、国内法を原則として適用し、しっかりと規制をかけています。

ドイツの空には、横田空域のような空域は存在しません。



横田空域などの、航空交通管制に関する日本とアメリカの合意には、

根拠となる法律はありませんが、日米地位協定に基づくとされています。

日米地位協定とは何か?

日米地位協定とは、1960年に締結された新安保条約で、

日本への駐留が認められたアメリカ軍について決定されたものの一つです。

新安保条約の目的を達成するため、日本に駐留するアメリカ軍がスムーズに行動できるよう、

アメリカ軍の日本における区域(米軍基地)の使用が認められました。

アメリカに有利な内容で不平等な協定と指摘されていますが、その後一度も協定自体の改定には至っていません。

日米安全保障条約とは何か?

日米安全保障条約とは、1951年のサンフランシスコ講和会議で署名され、1952年に発効された、

「アメリカ軍を日本国内に駐留させることなどを定めた条約」のことです。

日本は、サンフランシスコ平和条約によって独立を達成しました。

しかし、サンフランシスコ平和条約締結と同じ日に、日米安全保障条約も締結されました。

日米安全保障条約で最大のポイントは、アメリカの陸海空軍を日本に置くことを認めたことです。

当時の日本としても、軍事をアメリカに依頼しておけば、日本国内の経済復興に集中できるというメリットもありました。

1960年、日米安全保障条約の改定がありました。

今回学んで思ったこと

この問題は、1985年のプラザ合意のお話にも繋がるのかなと思いました。

1985年といえば、日本はイケイケドンドン(?)なバブリーな時代で、

アメリカとの貿易摩擦問題も抱えるほどでした。

そんな中、日本ってどうも調子に乗るとゲスい国に成り下がる傾向があるのかなと思いますが、

有名な絵画作品を高額で購入したり、謎のいわくつきドライフラワーを超高額で購入したり、

アメリカの誇りであるロックフェラーセンターを買収したり(そりゃアメリカ人も怒りますわ)と、

「節度どこいった?」というような、あまりにも教養の無いお金の使い方をして、

世界中からブーイングがあった時代でした。



何でもかんでも「そのときその場でお金があるから調子に乗る」ではなく、

長期目線で、私たち日本国民一人ひとりが、

日本の主権とはどういうことなのか、

発言権を維持するためにどうすべきなのか、

「失われた30年」で学ぶことは何か、

アメリカの言いなりにならない外交にはどんな方法があるだろうかなどを、

考えていく必要があるのではないかと私は考えています。

執筆者:山本和華子

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