イギリス
イギリスでは、中世以来の王権が、その権力を徐々に議会に譲ってきた歴史があります。
1689年、議会は新しい王に対して「権利の章典」を認めさせました。
これによりイギリス王室は、政治権力を議会に制限され、
ただ威厳を保って儀式だけを行う存在となりました(立憲君主制)。
イギリスの一連の革命の主力となったのが地主や大商人で、彼らが参政権を独占しており、
保守党が長期政権を維持していました。
当時、万年野党だった自由党は、産業革命を政権奪回のチャンスと見ました。
そういうわけで、自由党は産業資本家と手を組むことにしました。
1830年、自由党は政権奪回を果たし、グレイ内閣が成立します。
グレイ内閣はさっそく選挙法を改正し、産業資本家の選挙権を認めました。
その後イギリスは自由貿易へと大きく舵を切り、綿織物を中心とする輸出産業の発展により、
「世界の工場」と呼ばれるまでになりました。



アメリカ
第一次世界大戦でヨーロッパ諸国が疲弊する一方、
アメリカは着々と経済大国への地位を築き始めていました。
第一次世界大戦ではアメリカは中立を宣言し、戦場になりませんでした。
またアメリカはこの時期、軍需物質をヨーロッパに輸出をしており、
その貿易代金はニューヨークの銀行へ振り込まれて行きました。
こうして国際金融の中心は、ロンドンのシティから、
ニューヨークのウォール街へと舞台を移したのでした。
アメリカのルーズヴェルト大統領は、ニューディール政策を実行しました(大きな政府)。
ルーズヴェルトはこの大きな政府を、「リベラル」だと主張しました。
そういうわけで、反対の自由主義(リバタニアリズム)が、保守主義となりました。
アメリカの保守とは、自主独立を指します。
要するに、ルーズヴェルトの時代から、リベラルと保守主義の意味が、逆になったのです。
もともとアメリカ大陸の開拓民たちには、過酷な自然や先住民との戦いを通して、
「自分の身は自分で守る」という自主独立の精神の文化が根付いていいました(フロンティア・スピリット)。
第5代大統領モンローは、「アメリカは、ヨーロッパ諸国には口を出さない。
だからヨーロッパ諸国もアメリカ大陸に介入するな」と主張します(モンロー主義)。
このモンロー主義は、19世紀を通じて、アメリカ外交の基本姿勢となりました。

執筆者:山本和華子
参考文献 茂木誠著『世界の今を読み解く 政治思想マトリックス』PHP研究所

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