国際関係の歴史 ~ウィーン体制、二つの世界大戦を経て~

目次

16世紀のヨーロッパ

16世紀のヨーロッパは、5世紀に成立した中世ヨーロッパ世界の、

ローマ教皇(カトリックの最高権威)と、神聖ローマ帝国皇帝による、二元支配のままでした。

しかし、ここで変革が起きます。

16世紀、ルターがローマ教皇庁の腐敗を糾弾しました。

それが遠因となり、1618年から1648年にかけて、三十年戦争が繰り広げられました。

三十年戦争後、ウェストファリア条約が締結されます。

この条約により、主権国家体系がヨーロッパで成立しました。

18世紀のヨーロッパ

18世紀、ヨーロッパでは、国民が政治意識に目覚めました。

国家は、国民が代表を通じて政府の権力を行使する、国民国家という様相を帯びるようになりました。

アメリカ大陸は、イギリスとの長い植民地独立戦争を経て、アメリカ合衆国として独立しました。



ナポレオン後の、ぐちゃぐちゃのヨーロッパの土地をどうするかについて話し合うため、

ウィーン会議が開かれました。

ウィーン会議により、圧倒的に強力な大国が、ヨーロッパで出現しないようにする、

「ウィーン体制」が形成されました。

しかし、19世紀後半、普仏戦争が勃発し、プロイセンが勝利してドイツ帝国が成立すると、

そのウィーン体制は崩壊します。

ドイツでは、フランスを封じ込めるためにビスマルク体制が敷かれました。

ビスマルク体制では、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリアと、三国同盟が締結されました。

一方フランスは、ヨーロッパで孤立してしまったので、東南アジアや中東、アフリカなどで

植民地を獲得し、勢力を拡大しました。

余談ですが、フランスの画家、ゴーギャンがタヒチに行ったのは、

タヒチが当時、フランスの植民地だったゆえに身近な地域だったのです。

その後、イギリスとフランスは、ドイツの封じ込めに着手しました。

イギリスは日英同盟、英仏協商、英露協商と、同盟関係を次々に結んでいきました。

2つの世界大戦

20世紀のヨーロッパは、三国協商(イギリス、フランス、ロシア)と、

三国同盟(ドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリア)との対立関係にありました。

ヨーロッパにおいて緊張が高まり、第一次世界大戦が勃発します。

第一次世界大戦は、三国協商側の勝利に終わります。

第一世界大戦の戦後処理は、パリ講和会議によって行われましたが、

パリ講和会議の内容は、もっぱらドイツに扱いについてでした。

その後、1929年に世界恐慌が起こり、ドイツではアドルフ・ヒトラーが台頭します。

このとき、イタリアと日本は海外権益のため、拡大を目指していました。

イタリアは、1935年にエチオピアに侵攻し、翌年併合します。

日本は1931年に満州事変を起こし、支配領域を拡大します。

ドイツ、イタリア、日本(枢軸国)は、アメリカ、イギリス、フランス(連合国)と対立し、第二次世界大戦が起こります。

1945年、第二次世界大戦は、連合国の勝利によって終結します。

執筆者:山本和華子

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