はいみなさんこんにちは。
私はかつて、親や社会を恨んでいました。
毎日つらいことを、親や社会のせいにしていました。
しかし、渋沢栄一の『論語と算盤』を読み、人生が一変しました。
今日はそんなお話を書いていこうと思います。
私が渋沢栄一から学んだこと
私は学校を卒業後、一人暮らしを始めました。
私を愛してくれない親、貧困な家庭から独立できた私は、はじめのうちは一人暮らし生活を謳歌していました。
しかし、そうこうするうちに承認欲求が大爆発するようになっていきました。
自分だけ優位に立って称賛されようと、それだけに意識を集中投下していました。
でも際限の無い承認欲求って、疲弊するだけなんですよね。
親に愛されなかったことや貧困に育ったことの埋め合わせをしようとしない。
親に愛されなかった、塾に通わせてもらえなかった、そこから出発するしかない。
恨んだところで、何も得るものはない。
だとしたら、もう恨む心は捨てよう。
私は貧困家庭で苦しんだ過去があるので、
同じように貧困家庭に苦しむ少年少女へボランティアしたくて、
保護司になりたかったのですが、なれませんでした。
しかし、保護司にはなれなくても、社会に貢献することはできる。
自分をいたわり、身の丈に合った生活の中で心豊かに暮らし、
働くことで税金を納め、貧困で苦しむ少年少女の豊かさに貢献する人になる。
自分だけがキラキラして承認欲求を満たすのではなく、
税金を納めることで、みんなと豊かになっていくイメージ。
さて。私は何度もこのブログで「観光ガイドの夢を諦めた」と書いているのですが、
ついぞ観光ガイドにはなれなかったことは悲しかったのですが、
こうやってブログを書いたりニートを卒業したりすることで、
渋沢栄一に恩返しすることが、使命なのかもしれません。
『論語と算盤』の要約
●適材が適所で働き、その結果として何らかの成績をあげることは、その人が社会に貢献する本当の道である。
●人にはどうしようもない逆境に対処する場合には、天命に身をゆだね、腰をすえて来たるべき運命を待ちながら、コツコツと挫けずに勉強するのがよい。
●得意なときだからといって気持ちを緩めず、失意のときだからといって落胆せず、いつも同じ心構えで、道理を守り続けるように心がけていくことが大切。
●およそどんなにささいな仕事でも、それは大きな仕事の小さな一部なのだ。これが満足にできないと、ついに全体のケジメがつかなくなってしまう。ささいなことを粗末にするような人では、しょせん大きなことを成功させることはできない。
●社会で生きていくにあたって、自分の栄達はもちろん、社会全体のためにも働き、できる限りの善行を植え付け、世の中の進歩をはかりたいという気持ちを持ち続ける。
●成功や失敗といった価値観から抜け出して、自立し、正しい行為の道筋にそって行動し続けるなら、成功や失敗などとはレベルの違う、価値ある生涯を送ることができる。
もっと詳しく知りたい方は、本書を手に取って読むことをオススメします。