古代ギリシャ
紀元前8世紀、ギリシャ社会が形成されます。
ギリシャは土地が瘦せており、穀物を収穫できず、オリーブ畑やブドウ畑が営まれていました。
一方で、オリエント地域の土地は肥沃だったため、小麦が栽培されていました。
そこでギリシャ人は、オリーブオイルやワインを、オリエント地域の小麦と交換し、
エーゲ海経由で活発に交易することにしました。
当時、オリエント地域では、アッシリアという軍事政権が統一王国を樹立していました。
この時代、ギリシャとオリエント地域のエーゲ海交易が発展するとともに、
歴史上初めての鋳造貨幣が、リディア王国で現れるようになります。
ギリシャとオリエント地域の中間に位置するアナトリア半島のリディア王国が、
鋳造貨幣を生み出したことは、歴史の必然だったと言えるでしょう。
貨幣はリディア王国から波及して、大きな貨幣経済地域を形成しました。
また紀元前6世紀、ギリシャのアテネのラウレイオン銀山では、銀の採掘が始まりました。
よって、アテネは貨幣供給都市にもなりました。

中世ヨーロッパ
紀元後395年、東西ローマ分裂後、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は、
東方貿易の利権を獲得し、成長していきました。
そしてビザンツ帝国は6世紀、ユスティニアヌス帝の時代に全盛期を迎え、
地中海世界の再統一を果たしました。

550年頃から、ヨーロッパの温暖化が始まりました。
作物の増産が見込まれたヨーロッパでは、大規模な開拓がおこなわれていきました。
この開拓事業を主導したのが、ゲルマン人でした。
ゲルマン諸部族の中で有力だったフランク族は、ゲルマン人の諸部族を併合し、
フランク王国として拡大していきます。
中世ヨーロッパでは、カトリック教会は利子の徴収を禁止していました。
しかし、1215年の第4回ラテン公会議以降、利子の取得は一般的におこなわれるようになります。
さらに、16世紀半ばには、宗教改革の指導者の一人であるジャン・カルバンが、5%の利子取得を唱えました。
すると、イギリスやオランダなどのプロテスタント諸国で金融業が拡大し、市場に豊富な資金をもたらしました。


唐代の中国
著しい経済発展を遂げていた唐では、貧富の差が生じていました。
そしてその貧富の差は、固定化されていきました。
唐王朝では、ビジネスを始めるには、朝廷の認可が必要でした。
しかし、唐の管理経済体制が崩れると、市場や産業が開放され、
それに伴って庶民出身の新勢力が台頭し始めます。
このような新勢力を形勢戸(けいせいこ)と言います。
唐のあと、宋の時代が訪れます。
宋王朝は、形勢戸を支持基盤に成立します。
宋王朝は経済政策を重視する政権でした。

イスラム圏
中東では3世紀、ササン朝ペルシャが建国されます。
ササン朝ペルシャは強大な軍事政権で、兵士の士気を高めるためにゾロアスター教を国教としました。

一方、ササン朝では、ゾロアスター教、仏教、キリスト教の融合宗教であるマニ教も発生しました。
マニ教は、商人層を中心に広く信仰されました。
しかし、そのマニ教を、ササン朝は激しく弾圧します。
そういうわけでマニ教徒はササン朝を見限り、周辺へ散っていきました。
そのマニ教の商人層は、アラビア半島のヒジャーズ地方へとたどり着きました。
商人たちは、ヒジャーズ地方の紅海沿岸という地理上の利点を利用し、海の通商ルートを形成していきます。
6世紀以降、海の道が発展し、ヒジャーズ地方の中心であるメッカは、
ヨーロッパとアジアをつなぐ中継貿易の拠点として、莫大な富を集めました。
執筆者:山本和華子
参考文献 宇山卓栄著『経済で読み解く世界史』扶桑社


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