木村泰司著『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』の要約

はいみなさんこんにちは。

今日は、木村泰司著『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』を要約していきたいと思います。

【ギリシャ美術】

古代ギリシャ世界の神々は、超人的ではあるが、喜びや怒り、そして愛憎といった人間的な感情を持った個性豊かな存在だった。

古代ギリシャ人には「美しい男性の裸は神が喜ぶ」という思想があり、その思想を背景に、「美=善」という信念・価値観があった。

古代ギリシャでは、男性美を追求したギリシャ彫刻が発展する。

マケドニアのアレクサンドロス3世は、マケドニア・ギリシャ連合軍を率いてペルシャに遠征し、大帝国を建設した。

その結果、ギリシャの文明が広域に伝わることとなり、ヘレニズム文化が生まれた。

ヘレニズム時代は、ギリシャ的な思想ではなく、より個人的な感覚や、個性を重視した写実的美術が主流だった。

ヘレニズム美術で有名な作品に、サモトラケのニケがある。

【ローマ美術】

ローマ帝国の発展以前に、中部イタリアにてエトルリア人の文化が興った。

エトルリア人は、死後の生活を強く信じた。彼らは死後、生前と同じ生活が続くように「永遠の家」として立派な墳墓を造った。それをネクロポリスと呼ぶ。

ブロンズなどの金属工芸とテラコッタの技術に長けていたエトルリア人の美術は、その後ローマ美術へと組み込まれていった。

ローマ独自の美術として、写実性の強い肖像彫刻がある。

ローマ人には先祖崇拝の習慣があり、先祖の肖像を作って家の中に祀った。

ローマの肖像彫刻では、老人を皺だらけに表現している点で、ギリシャとは異なる風貌をしている。

ローマ人は皺を威厳ある老人に対する敬意の象徴として表していた。

ローマの彫像の写実性は、それぞれの容貌の特徴を強く表している。

【ゴシック美術】

フランク王国カロリング朝の最後の王、ルイ5世が死去した後、ユーグ・カペーが新たに国王となる。

このカペー朝が成立して以降、フランク王国は「フランス王国」と呼ばれるようになり、現在のフランスへと発展していった。

フランクの王たち、フランス王家の墓所が、サン・ドニ大聖堂である。

そこは、フランスにとって特別な地位を占める聖堂である。

1144年、サン・ドニ修道院の聖堂が建て替えられた。

そのときの聖堂は、これまでのロマネスク様式とは大きく違っていた。これが、ゴシック様式誕生の瞬間だった。

ゴシック様式の大聖堂の天井の重量を、それまでの壁面ではなく支柱のフライング・バットレスで支えることにより壁をうすくすることができた。

そのため壁を大きくくり抜くことができるようになり、くり抜いた部分にはステンドグラスをはめ込むことができるようになった。

「神は光である」ということが、神中心の宗教的な世界に生きていた当時の人々にとって真実であった。

本書では、そのほかに、ルネサンスやバロック、印象派などの解説も書かれています。

もっと詳しく知りたい方は、ぜひ本書を手に取って読むことをオススメします。

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