日本近現代史 その1 黒船来航から大政奉還まで

江戸時代、日本は鎖国をしていました。

しかし1853年に黒船が来航し、1854年に幕府は、アメリカと日米和親条約を締結します。

1858年、井伊直弼(いい・なおすけ)は大老に就任し、日米修好条約を締結します。

幕府としては、独立国として保つには、「攘夷(じょうい、外敵を追い払って国内に入れないこと)」などと

言っている場合ではありませんでした。

幕府は日米修好条約を契機に、同様の条約を、オランダ、ロシア、イギリス、フランスとも結びました。

井伊直弼の判断は、天皇の勅許を得ず、幕府の独断で話を進めた形だったがゆえに、

「朝廷の信任を裏切った」として、薩摩藩や長州藩などによる倒幕運動に繋がっていきました。

実際、日米修好条約には、不平等な要素が含まれていました。

●治外法権・・・国内にいる外国人が、国内の法律の適用を受けないこと

●関税自主権(自国の関税を自主的に制定する権利)の放棄

条約の締結で批判を浴びた井伊直弼は、

実力者や学者などを片っ端から謹慎処分にしたり、死罪にしたりしました(安政の大獄)。




薩摩藩にしろ長州藩にしろ、声高に「攘夷」を叫んだ藩ほど、

真っ先に欧米の実力を知り、その旗を下ろし、倒幕に向かって

1867年、第15代将軍の徳川慶喜(とくがわよしのぶ)は、統治権を朝廷に返しました(大政奉還)。

しかし実は、大政奉還をしながらも、徳川家は今後も、国政の中心に居続けようと考えていました。

しかし、それを良しとしなかったのが薩摩藩や長州藩で、「王政復古の大号令」を発し、

新政府の樹立を宣言しました。

執筆者:山本和華子

参考文献 斉藤孝著『齋藤孝の 一気読み! 日本近現代史』東京堂出版

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