近代の数寄者はどんな茶碗を所有していたの? ~小林一三、川喜田半泥子、北村謹次郎、北大路魯山人~

小林一三

小林一三は逸翁と号して、俳句をたしなみ、茶の湯の世界でも時代をリードする人物でした。

彼の収蔵品は現在、逸翁美術館に収められています。

黒織部 草花(そうか)疋田文(ひきたもん)茶碗

桃山時代(17世紀) 逸翁美術館

心落ち着く茶碗。道端に生えているような可憐な草花の、いとおしい静かな佇まいをたたえています。

堅手鉢(かたてばち)の手(て)茶碗 銘 曙

挑戦時代(16世紀) 逸翁美術館

元々は茶碗ではなかったものをひろいあげ、自らの判断で茶碗にしたものではないかと考えられています。

「曙」は、逸翁による命銘です。

川喜田半泥子

川喜田半泥子は、自由闊達に作陶に耽った人物でした。数寄者の破格の発想が、茶碗を通してかいま見えます。

灰釉茶碗 銘 寒山

半泥子 千歳山窯 個人蔵

無地刷毛目(はけめ)の作品です。白化粧を施した上から荒く釘彫でひっかき、ススキの風情をなしています。

この茶碗では、自由自在に超俗しようとする半泥子の意思が認められます。

灰釉茶碗 銘 大吹雪

半泥子 広永窯 個人蔵

これほど荒々しく制作された茶碗も世には珍しい。

半泥子は茶碗を通して、純粋無垢の文人の気風を表しました。

北村謹次郎

奈良県吉野きっての山林王の家柄に生まれ、教養を積み上げ、絵画、陶芸、建築、庭づくりと、いずれの創作分野にも天分を発揮しました。

赤楽茶碗 銘 吉野

左入 江戸時代(1733年) 北村美術館

樂家6代左入がつくったこの茶碗は、桜の名所「吉野」の銘がついているということで、桜の茶会には必ず用いられました。

まるで包むようにふっくらと張った形が麗しい。

黒楽茶碗 銘 東(あずま)

光悦 江戸時代(17世紀) 北村美術館

北村謹次郎の研ぎ澄まされた美意識は、本阿弥光悦の美意識と通じるものがあり、光悦の茶碗は謹次郎の心を映しています。

胴線の流れには毅然とした中にも心のゆとりが認められます。

北大路魯山人

北大路魯山人は書家で世に登場し、のちに古美術の門をくぐりました。異色の数寄風流の文人でした。

鼠志野茶碗

魯山人 昭和33年頃 個人蔵

魯山人独特の、鬼板と呼ばれる鉄絵の具の使い方が最大限に発揮された名作です。

荒々しい檜垣文をたどたどしく描いた力感が、鼠志野の地色とぴたりと調和しています。

三島茶碗

魯山人 昭和元年頃 個人蔵

櫛目でぞんざいに表すリズミカルな掻き落としが、奔放な中にも面白さを生み出しています。

執筆者:山本和華子

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この記事を書いた人

資産運用・日本文化・建築デザインを中心に記事を書いています。

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