日本舞踊の演目にはどんなものがある? ~江島生島、かっぽれ、京鹿子娘道成寺、鷺娘、藤娘など~

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はいみなさんこんにちは。

今日は、日本舞踊の演目に特化して記事を書いていこうと思います。

浅妻船

浅妻船(あさづまぶね)は、長唄です。長唄とは、江戸で歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発展した、三味線音楽を指します。

1820年に初演されました。

朝妻(ここでは浅妻ではなく朝妻と表記します)とは、滋賀県の琵琶湖東岸の地名です。

そこの港町にいた舟遊女がこの演目の主人公です。

「さざ波や、八十(やそ)の湊(みなと)に吹く風の」という歌の後、その舟遊女が登場します。

舟遊女は、男装をしています。その男装の姿を特に白拍子(しらびょうし)と言います。

江島生島

江島生島(えじまいくじま)も、長唄です。1913年が初演です。

物語は、1714年、江戸城大奥に仕える絵島(こちらでは江島ではなく絵島と表記します)と、役者の生島新五郎の密通が表面化して二人は流刑に処せられた事件の後日が舞台です。

第一場は満開の桜を背景にした舟の中での楽しい語らいの夢を表現します。

第二場は、生島を慰める旅芸人と、海女(あま)さんたちが登場します。

大正モダンの香り漂う作品です。

かっぽれ

かっぽれは、常磐津です。常磐津とは、歌舞伎と共に発展してきた、浄瑠璃の流れをくむ語り物です。ストーリーのある曲を、節をつけて演奏します。

初演は1886年です。

かっぽれは、幕末から明治にかけて流行しました。

「かっぽれ、かっぽれ、甘茶でかっぽれ、塩茶でかっぽれ、ヨーイとな、ヨイヨイ」というセリフは当時、一世を風靡しました。

曲を長くしたり短くしたりする自由がきくところが特徴で、余興的な側面もあります。

神田祭

神田祭は、清元です。清元とは、三味線音楽のひとつで、浄瑠璃の一種です。元々は歌舞伎の伴奏音楽として用いられていました。また、清元は豊後節(ぶんごぶし)系浄瑠璃です。

神田祭は神田明神の祭礼です。

この演目には、とび職の男性と、手古舞(てこまい)と呼ばれる女性が登場します。

手古舞とは本来、江戸の祭礼において、山車を警護したとび職を指しました。

しかし現在では、とび職の衣装を真似て装い、練り歩く女性を指すようになりました。

場面は祭礼当日のお神酒(みき)所です。とび職の男性と手古舞の女性が、江戸の下町で粋な気質を見せます。そしてその気分を盛り上げるのが囃子(はやし)です。

京鹿子娘道成寺

京鹿子娘道成寺(きょうがのこ むすめどうじょうじ)は長唄です。初演は1752年です。

この演目の舞台は、なだらかな山並みに、美しく咲き誇る桜の風景です。

花道から所化(修行僧)が登場します。その後、白拍子花子がお寺の門前まで来ます。

そして所化と白拍子花子の問答が始まります。

この演目は、美しく華やかな舞踊が見どころです。

鷺娘

鷺娘(さぎむすめ)は、長唄です。

一面の雪景色、「妄執の雲晴れやらぬ朧(おぼろ)夜に」と悲しく唄ったあと、白無垢の鷺娘が舞台に立ち現れます。

鷺の精が化身して、雪の池のほとりに傘をさして立ちます。

女の恋の恨み心を見せたあと、町娘に変わります。

白鷺の精が、若い娘に化身して、恋の楽しさ、憂い、苦しさを踊り綴っていきます。

藤娘

藤娘は、長唄です。

元禄時代、現在の滋賀である大津のお土産品に、「大津絵」というものがありました。

その大津絵の中に、藤の花房をかたげた美しい女性の絵が混じっていました。

その大津絵の人物を、舞踊として構成して演じたのが、この藤娘です。

藤娘は、大津絵から抜け出した若い娘が、男に恋をして踊るという内容です。

注 写真は私本人です。

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この記事を書いた人

普段はWebデザインOLやってます。仕事が楽しすぎて鳥になりそう。
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クリエティブ職のため、日々教養を深めており、休日はこのサイトにて記事を投稿しております。

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